2012年01月11日
《 本年の動きはどうなるのか 》
◆謹賀新年。復興初年度、日本も頑張る、広田も頑張る一年にしたい。どうぞよろしく。ところで『箱根』の東洋大学は凄い強さですね、もっと競ってもらわないと、面白くないよね。酒井監督さんの言うとおり競らずにあの記録という事は、さらに時間短縮が期待される。もしかしてあの柏原選手が来年元旦は高崎を走るかもしれない、是非応援に出かけタイ。
◆次は高校ラグビー、明和県央の活躍だ。いつの間にか農大二高から県央に、花園の1、2回戦では格段の強さ、よくぞここまでと。しかし東福岡には大敗、全国レベルではすごく格差があることが理解できた。農二は高高を、県央は農二を踏み台(?)にして花園に。日本ラグビー協会のトップ真下会長の出身地の高崎を日本ラグビーのメッカにできないものか。まず、ラグビー専用グラウンドを造ったらどうだろうか。
◆スポーツは好きなので何でも話題になる。特に少し経験した陸上競技・バレーボール・ラグビー・アメリカンフットボール・柔道の事など、思い出はきりがない。陸上・フットボールは年に何回もOB会は、やっているが他はそういう会がない。残念である。汗を掻き、負けを味わい≪今度は絶対負けぬ≫といった根性物語が、溢れ出そうである。
◆今年は事務所も移転し〔同じ住所ですが奥に引っ込んだので〕入りにくくなったといわれますが、明るく落ち着く良い事務所です。一度御来店下さい。そして昔の街並みの事・仕事の事・私の親父の事・皆さんの相談事なんでもお話してください。昨年よりゆっくりと、時間を取れるよう努力してみます。頑張る年、役立つ年にするために。
◆今年はオリンピック開催の年。ということは高崎市立第二中学昭和37年卒業した学年の同窓会開催の年。そろそろ幹事会を開きましょうか。多くの友達からいつやるのかの問い合わせが。四年に一度ではもう少ないのかもしれませんねえ。そのうち開きたくなっても幹事役がいなくなったり、出席してくれる人もいなくなったり。もうそんな年齢かな。
◆12月23日は東京高高64期の会。鶯谷の『笹の雪』に猿谷修の号令で元気な顔がそろった。高崎からは深町勝敏・鬼石の戸塚マンモスと私の3人。一方我々も65歳故淋しい報告も、仕方ないのかもしれない。ラクビーの福田耕輔・冬木の落合「宮本」稔・群銀の浜田宏明・ブラジルの静野文男君等の訃報を聞いた。福田・静野は卒業以来会っていなかった。冥福を祈る。
◆この正月はゆっくりとした。元日は田町の初顔合せ、午後は事務所。2日午前 箱根駅伝を見て、午後は事務所。3日墓参り後、事務所、午後湯沢へ、女房と凛太郎の3人でお泊り。久しぶりの湯沢、足先から全身暖まりとてもよい気持ち。孫とスキーで遊び、夜は凛太郎のリクエストで『人参亭』へ。翌朝は大雪の中、長岡に物件確認。感謝。
◆さあ、もう新年はスタートしているのだ。今日は原稿書き、明日は組合の新年会、7日杉浦迪冶さん葬儀、8日くいものや亮のライブ、9日コロナ社長講演、10日東京研修、11日ピアノプラザ中森社長講演、12日東京研修、13日ロータリー新年会、14?16日冨士研修、17日足銀新年会、19?20日栃木研修とよく続く。さあ元気でスタートだ。
◆今年の目標は我ながらとてもシンプルでよい。・早寝早起き・よく歩く・しっかりメモ〔すぐ忘れてしまうので〕・まめに記録〔感じた事を少し長めに〕・行動にけじめをつける・片付けの習慣化・即 行動を、以上の7つをしっかり守り健康に留意する。そして仕事のミスを無くすよう努力したい。まあ少し、のんびりを心掛けた1年にしたいと思う。
◆この1年お引き回し宜しくお願い申しあげます。
以上。
2012年1月5日21時書き終える
広田 誠四郎
◆次は高校ラグビー、明和県央の活躍だ。いつの間にか農大二高から県央に、花園の1、2回戦では格段の強さ、よくぞここまでと。しかし東福岡には大敗、全国レベルではすごく格差があることが理解できた。農二は高高を、県央は農二を踏み台(?)にして花園に。日本ラグビー協会のトップ真下会長の出身地の高崎を日本ラグビーのメッカにできないものか。まず、ラグビー専用グラウンドを造ったらどうだろうか。
◆スポーツは好きなので何でも話題になる。特に少し経験した陸上競技・バレーボール・ラグビー・アメリカンフットボール・柔道の事など、思い出はきりがない。陸上・フットボールは年に何回もOB会は、やっているが他はそういう会がない。残念である。汗を掻き、負けを味わい≪今度は絶対負けぬ≫といった根性物語が、溢れ出そうである。
◆今年は事務所も移転し〔同じ住所ですが奥に引っ込んだので〕入りにくくなったといわれますが、明るく落ち着く良い事務所です。一度御来店下さい。そして昔の街並みの事・仕事の事・私の親父の事・皆さんの相談事なんでもお話してください。昨年よりゆっくりと、時間を取れるよう努力してみます。頑張る年、役立つ年にするために。
◆今年はオリンピック開催の年。ということは高崎市立第二中学昭和37年卒業した学年の同窓会開催の年。そろそろ幹事会を開きましょうか。多くの友達からいつやるのかの問い合わせが。四年に一度ではもう少ないのかもしれませんねえ。そのうち開きたくなっても幹事役がいなくなったり、出席してくれる人もいなくなったり。もうそんな年齢かな。
◆12月23日は東京高高64期の会。鶯谷の『笹の雪』に猿谷修の号令で元気な顔がそろった。高崎からは深町勝敏・鬼石の戸塚マンモスと私の3人。一方我々も65歳故淋しい報告も、仕方ないのかもしれない。ラクビーの福田耕輔・冬木の落合「宮本」稔・群銀の浜田宏明・ブラジルの静野文男君等の訃報を聞いた。福田・静野は卒業以来会っていなかった。冥福を祈る。
◆この正月はゆっくりとした。元日は田町の初顔合せ、午後は事務所。2日午前 箱根駅伝を見て、午後は事務所。3日墓参り後、事務所、午後湯沢へ、女房と凛太郎の3人でお泊り。久しぶりの湯沢、足先から全身暖まりとてもよい気持ち。孫とスキーで遊び、夜は凛太郎のリクエストで『人参亭』へ。翌朝は大雪の中、長岡に物件確認。感謝。
◆さあ、もう新年はスタートしているのだ。今日は原稿書き、明日は組合の新年会、7日杉浦迪冶さん葬儀、8日くいものや亮のライブ、9日コロナ社長講演、10日東京研修、11日ピアノプラザ中森社長講演、12日東京研修、13日ロータリー新年会、14?16日冨士研修、17日足銀新年会、19?20日栃木研修とよく続く。さあ元気でスタートだ。
◆今年の目標は我ながらとてもシンプルでよい。・早寝早起き・よく歩く・しっかりメモ〔すぐ忘れてしまうので〕・まめに記録〔感じた事を少し長めに〕・行動にけじめをつける・片付けの習慣化・即 行動を、以上の7つをしっかり守り健康に留意する。そして仕事のミスを無くすよう努力したい。まあ少し、のんびりを心掛けた1年にしたいと思う。
◆この1年お引き回し宜しくお願い申しあげます。
以上。
2012年1月5日21時書き終える
広田 誠四郎
2011年12月09日
《 今年を振り返って 》
◆もう12月、今年を振りかえってみると、本当に多くの事が起きた。まず仕事面での変化は、1月から不動産チェーン《イエステーション》に加盟、戸惑いを感じながら、月2回の東京本部で勉強会。私はみっちり仕込まれ頭の回転の悪さを自覚させられた1年でもあった。次男金次郎は札幌で3ヶ月弱修業、そして金沢・福岡・熊本・那覇〔全て仲間の会社〕での研修は、きっと彼の成長の基礎となると、期待したい。
◆震災での思い出を一つ。3月18日18時の予告停電、徒歩帰宅途中18時25分、遅れて真っ暗になった伊勢崎街道の江木十字路は信号が消え、交通渋滞でパニック。私は一人、交差点の真ん中に立って交通整理を。何の道具も持たずあわを喰いながら、10?15分経過後、自転車の30歳前後の青年が『手伝いますー』。7時15分大混乱も収まり、『もう大丈夫ですね』2人は汗を拭き拭き互いに『ご苦労様』。
◆車の光をたよりにした交通整理はとても恐かった。『懐中電灯が、ホイッスルがあれば、白いコートを着ていれば、』やりながら危険を感じ、そんな事を考えた。多くの人は私達の指揮に従ってくれ、無事終わった。多くの人・ドライバーに感謝の気持ちで一杯に、そしてあの礼儀正しいスマートな青年の助っ人に感謝。私は真っ暗な道を、コートを片手にとても清々しい気持ちで帰宅し、早寝をした小さな思い出。
◆あの日以来東京にすら、何ヶ月も出掛ける気にならなかった。出ても用事が済むと即、トンボ帰り、多くの人が同様だったようだ。岩手、宮城、福島の人たちは生き死にの問題で私達の比でない災難に遭っている。9月に宮城のほんの一部、海岸べりを見学、被災者のお話を聞かせてもらったが想像を絶する状態であった。恐怖に負けず、立ち向かう迫力・闘志に我々は大いに見習うべきである、見習いタイ。
◆今年は俳優・歌手の杉良太郎さんの情報が多く入った。国家は貢献大なる彼を「ベトナム日本特別大使」に任命。ベトナムでは全ての学校に〈ホーチミン・ホー叔父さん〉の写真が掲示されているが、ハノイ市内の学校では彼の写真も掲示されていた。知れば知るほど立派な人柄・人道的な行動に心うたれ彼に惹かれる。私はさらに彼について研究し、出来れば直接お会いして話を聞けるチャンスを作りタイ。
◆11月12日内村鑑三を語る講演会に出席。堤克政さんの頼政神社・鈴木範久さんの《後世への最大遺物》デンマルク国の話、2題を聞く。私が注目したのは100年前の内村鑑三がその50年前の荒廃したデンマークの復活物語を話してくれた事だ。フレデリック・ダルガス親子の話は絵本や書物にもあり、私も何回も読んでいる。鑑三は多くの若い信奉者の前で《最大遺物はフレデリックの植林》と講演した。
◆鑑三は開校2年目の札幌農学校のクラーク博士に直接の指導は受けていないが流石《農学校》出である。何故彼が《農学校》に進学したのか疑問が残るが。ダスカル親子の話から、次は鉄人ポール・ラッシュ先生の話に発展する。先生はYMCA・聖路加病院・立教大学・アメリカンフットボール・清里清泉寮・キープ協会・高校野球の甲子園再開・八ヶ岳開拓など最後まで日本に尽くしてくれた人。
◆先生が高冷地・荒地の清里を開拓、大変な苦労して素晴らしい清里村を作ってくれた。私は大学1年の立教キャンプで清泉寮に。後年、聖公幼稚園「現 高崎聖オーガスチン教会」斎藤章二牧師の運転手をして清泉寮の先生を訪ねた。車椅子の先生はとても優しく穏やかに話しかけてくれた。私は緊張してフットボールの事・小川徳治先生の近況を話した記憶はあるがーー。今思えばラッシュ先生に八ヶ岳開拓・キープ協会などの話を聞きたかったなー。その1年後訃報を新聞で見た。
◆12月3日《ドリームチーム新規農業参入祝賀会》に出席。元プロ野球選手の三浦洋さん他2名が群馬で野菜作りを本格的に始めた祝いの会。“日本の良さ”を求め、子供たちに野球を教えながら農業に励むという夢と希望。素晴らしい発想のプロ経験者。大きすぎる夢かもしれないがもち続けることで可能性がある。こころ無くして人生に栄冠なし・その夢を叶えタイ。《夢のチーム》ガンバ。
◆この1年で外観は大きく変り新事務所は目立ちませんが、駐車場はずっととめやすくなりました。この年末、今年の反省をしっかりし、何事にも早めの行動を心がけ、しっかりと高めの目標を作ってみたい。『広田の中身もよくなったねー』といってもらえるよう社員教育を、よりしっかりします。どうか来年も宜しくお願い申しあげます。1年間お世話になりました。どうぞ良いお年をお迎え下さい。
2011年12月4日〔日〕16時 12月号お仕舞
広田 誠四郎 記
株式会社 広田住宅センター 広田 誠四郎
リアルヒロ 有限会社 広田 信子
有限会社 広田不動産管理 広田 金次郎
須藤恵一・大沢園美・田中康祐・田中靖代・仲鉢三枝子・
立石薫・戸塚啓太・西畑義明・萩原夕紀・平野博司・
兵藤文男・丸山敏幸・山田恵理
◆震災での思い出を一つ。3月18日18時の予告停電、徒歩帰宅途中18時25分、遅れて真っ暗になった伊勢崎街道の江木十字路は信号が消え、交通渋滞でパニック。私は一人、交差点の真ん中に立って交通整理を。何の道具も持たずあわを喰いながら、10?15分経過後、自転車の30歳前後の青年が『手伝いますー』。7時15分大混乱も収まり、『もう大丈夫ですね』2人は汗を拭き拭き互いに『ご苦労様』。
◆車の光をたよりにした交通整理はとても恐かった。『懐中電灯が、ホイッスルがあれば、白いコートを着ていれば、』やりながら危険を感じ、そんな事を考えた。多くの人は私達の指揮に従ってくれ、無事終わった。多くの人・ドライバーに感謝の気持ちで一杯に、そしてあの礼儀正しいスマートな青年の助っ人に感謝。私は真っ暗な道を、コートを片手にとても清々しい気持ちで帰宅し、早寝をした小さな思い出。
◆あの日以来東京にすら、何ヶ月も出掛ける気にならなかった。出ても用事が済むと即、トンボ帰り、多くの人が同様だったようだ。岩手、宮城、福島の人たちは生き死にの問題で私達の比でない災難に遭っている。9月に宮城のほんの一部、海岸べりを見学、被災者のお話を聞かせてもらったが想像を絶する状態であった。恐怖に負けず、立ち向かう迫力・闘志に我々は大いに見習うべきである、見習いタイ。
◆今年は俳優・歌手の杉良太郎さんの情報が多く入った。国家は貢献大なる彼を「ベトナム日本特別大使」に任命。ベトナムでは全ての学校に〈ホーチミン・ホー叔父さん〉の写真が掲示されているが、ハノイ市内の学校では彼の写真も掲示されていた。知れば知るほど立派な人柄・人道的な行動に心うたれ彼に惹かれる。私はさらに彼について研究し、出来れば直接お会いして話を聞けるチャンスを作りタイ。
◆11月12日内村鑑三を語る講演会に出席。堤克政さんの頼政神社・鈴木範久さんの《後世への最大遺物》デンマルク国の話、2題を聞く。私が注目したのは100年前の内村鑑三がその50年前の荒廃したデンマークの復活物語を話してくれた事だ。フレデリック・ダルガス親子の話は絵本や書物にもあり、私も何回も読んでいる。鑑三は多くの若い信奉者の前で《最大遺物はフレデリックの植林》と講演した。
◆鑑三は開校2年目の札幌農学校のクラーク博士に直接の指導は受けていないが流石《農学校》出である。何故彼が《農学校》に進学したのか疑問が残るが。ダスカル親子の話から、次は鉄人ポール・ラッシュ先生の話に発展する。先生はYMCA・聖路加病院・立教大学・アメリカンフットボール・清里清泉寮・キープ協会・高校野球の甲子園再開・八ヶ岳開拓など最後まで日本に尽くしてくれた人。
◆先生が高冷地・荒地の清里を開拓、大変な苦労して素晴らしい清里村を作ってくれた。私は大学1年の立教キャンプで清泉寮に。後年、聖公幼稚園「現 高崎聖オーガスチン教会」斎藤章二牧師の運転手をして清泉寮の先生を訪ねた。車椅子の先生はとても優しく穏やかに話しかけてくれた。私は緊張してフットボールの事・小川徳治先生の近況を話した記憶はあるがーー。今思えばラッシュ先生に八ヶ岳開拓・キープ協会などの話を聞きたかったなー。その1年後訃報を新聞で見た。
◆12月3日《ドリームチーム新規農業参入祝賀会》に出席。元プロ野球選手の三浦洋さん他2名が群馬で野菜作りを本格的に始めた祝いの会。“日本の良さ”を求め、子供たちに野球を教えながら農業に励むという夢と希望。素晴らしい発想のプロ経験者。大きすぎる夢かもしれないがもち続けることで可能性がある。こころ無くして人生に栄冠なし・その夢を叶えタイ。《夢のチーム》ガンバ。
◆この1年で外観は大きく変り新事務所は目立ちませんが、駐車場はずっととめやすくなりました。この年末、今年の反省をしっかりし、何事にも早めの行動を心がけ、しっかりと高めの目標を作ってみたい。『広田の中身もよくなったねー』といってもらえるよう社員教育を、よりしっかりします。どうか来年も宜しくお願い申しあげます。1年間お世話になりました。どうぞ良いお年をお迎え下さい。
2011年12月4日〔日〕16時 12月号お仕舞
広田 誠四郎 記
株式会社 広田住宅センター 広田 誠四郎
リアルヒロ 有限会社 広田 信子
有限会社 広田不動産管理 広田 金次郎
須藤恵一・大沢園美・田中康祐・田中靖代・仲鉢三枝子・
立石薫・戸塚啓太・西畑義明・萩原夕紀・平野博司・
兵藤文男・丸山敏幸・山田恵理
2011年11月11日
《 タムさん、日本の里親に感謝 》
◆地震で我が社は半壊状態が半年、解体終了9月までお客様、鳥鮮さん、みはまさん、駐車場利用の方々にも、迷惑を掛け、心配をかけた。今小さいながらも店舗を構えられる幸せに改めて感謝している。お陰様で以前よりも駐車場も広く止めやすいと好評である。まだ看板もつかない。だからよく言われるのが「広田、どこにいったの、店がないね」「何階建てにするの、いつ完成!?」答えは「もうこれで完成ですよ」
◆10月8日『ベトナム教育里親の会・第16次訪越団』総勢10名でハノイへ。初日はハロン湾泊り、9日船で観光。10日からは本番、ハノイ市教育養成所新任シクラン所長は「東日本震災で今年は訪越中止と予想、ハノイ市養成所・幼・小・中・高・大・聾唖学校すべての校長さんで《日本に震災募金集会》を開催、日本大使館に義捐金を預託しました」と挨拶。今年からは日本語教師ジャントさんが通訳で同行。
◆今回は高校の大先輩、ハードルの大須賀正臣《元吉井高校長》さんと、入会紹介者の三木一弘・洋子ご夫妻も御一緒。10日は鳥屋恵美子・樋口守夫さん、11日は佐藤正雄・三浦敦朗さんが里子と対面。皆ニコニコ顔で面会、だが子供は緊張。各家庭を訪ねると、貧民窟・湿気・臭気など環境劣悪な家も---。両親はなくお祖母さんは入院中、家具は何もない一人暮らしの3年生もいた。何とも厳しい現実を見せ付けられる。
◆一方、この奨学制度開始以来のビックな喜びを頂いた。11日10時「里子の卒業生に会いますか・是非」14時勤務先の400床の病院を訪問。1994年入学のタムさんは今年23歳の薬剤師、勤務して2年。仕事中に拘らず副院長まで出て歓待頂いた。「日本の皆様のお陰で小学校を卒業でき、その時に頂いた手紙は私の大事な宝物です」と。その言葉に熱いものを感じ、中山さち子さん他、我々の頬にも涙が。
◆もう一人「高校・大学を出て国語の教師」を志望の中学4年のレイさんを訪問。病院の副院長も中学校長も「小学校で奨学金を頂いていたのは初耳」。校長さんは「是非高・大も面倒みてよ」だって。おまけの話、タムさんは2月に出産予定、ご主人は同僚で同席した。という事は里子の子供は孫、孫が生まれる、めでたいね、これは改めてお祝いだね。何はともあれタムさんにお会いできたのは、過去最高の喜びとなった。
◆この会は17年前に小山勝三氏が提唱。今年で計934名のべ4170名の里子のお手伝いをした。1人に1年間6000円で初等教育を終了し、これで弾みがついて中高大に進学。この会の目的を、成果を確認でき、十二分に満足できた。過去・現在の会員の皆さんに感謝します。『ベトナムも近年豊になったし、そろそろこの会も解散を』そんな考えは第1期生のタムさんに会って吹き飛ばされた。ベトナム報告終了。
◆話変って高崎高校陸上部が学校対抗で総合優勝だって。私の時は2部優勝で喜んでいたが、凄い成績だ。田島監督おめでとう、また御指導有難うございます。24日が祝勝会、大須賀先輩大いに飲みましょう。そして野球も春の選抜、甲子園濃厚。境原監督おめでとう。それにしても野球好きな富岡市長、今夏も甲子園、来春も高崎2校で甲子園ついておりますね。私も久しぶりの甲子園を楽しんでくるかな。
◆11月2日バスで明治座・墨田川下り・浅草ビューホテル観光、5日長男健太郎の大学のサッカー仲間の資産管理で立川市を訪問、私の得意分野の借地整理の相談。借地権を買い取る交渉もすぐには進まない。運転手は健太郎。7日次男金次郎と戸塚社員で浦和の勉強会で会社訪問、運転手は金次郎。13日はアミノバイタルでの最終戦を応援予定。行きに調布の物件確認をして帰りはくいものや亮のライブに。
◆今年もあと50数日、あと売買案件を10本位契約して少し正月をゆっくりしたいものだ。その為にはやはり全ての用事を早め早めに片つけて余裕を持って仕事に邁進しよう。酒量も減っているが運動・散歩も少ない。早寝早起きを明日から実行、だって今日はもう午前2時だもの。
お休みなさい 以上。
2011年11月8日「火」午前2時過ぎ
広田 誠四郎 書く
◆10月8日『ベトナム教育里親の会・第16次訪越団』総勢10名でハノイへ。初日はハロン湾泊り、9日船で観光。10日からは本番、ハノイ市教育養成所新任シクラン所長は「東日本震災で今年は訪越中止と予想、ハノイ市養成所・幼・小・中・高・大・聾唖学校すべての校長さんで《日本に震災募金集会》を開催、日本大使館に義捐金を預託しました」と挨拶。今年からは日本語教師ジャントさんが通訳で同行。
◆今回は高校の大先輩、ハードルの大須賀正臣《元吉井高校長》さんと、入会紹介者の三木一弘・洋子ご夫妻も御一緒。10日は鳥屋恵美子・樋口守夫さん、11日は佐藤正雄・三浦敦朗さんが里子と対面。皆ニコニコ顔で面会、だが子供は緊張。各家庭を訪ねると、貧民窟・湿気・臭気など環境劣悪な家も---。両親はなくお祖母さんは入院中、家具は何もない一人暮らしの3年生もいた。何とも厳しい現実を見せ付けられる。
◆一方、この奨学制度開始以来のビックな喜びを頂いた。11日10時「里子の卒業生に会いますか・是非」14時勤務先の400床の病院を訪問。1994年入学のタムさんは今年23歳の薬剤師、勤務して2年。仕事中に拘らず副院長まで出て歓待頂いた。「日本の皆様のお陰で小学校を卒業でき、その時に頂いた手紙は私の大事な宝物です」と。その言葉に熱いものを感じ、中山さち子さん他、我々の頬にも涙が。
◆もう一人「高校・大学を出て国語の教師」を志望の中学4年のレイさんを訪問。病院の副院長も中学校長も「小学校で奨学金を頂いていたのは初耳」。校長さんは「是非高・大も面倒みてよ」だって。おまけの話、タムさんは2月に出産予定、ご主人は同僚で同席した。という事は里子の子供は孫、孫が生まれる、めでたいね、これは改めてお祝いだね。何はともあれタムさんにお会いできたのは、過去最高の喜びとなった。
◆この会は17年前に小山勝三氏が提唱。今年で計934名のべ4170名の里子のお手伝いをした。1人に1年間6000円で初等教育を終了し、これで弾みがついて中高大に進学。この会の目的を、成果を確認でき、十二分に満足できた。過去・現在の会員の皆さんに感謝します。『ベトナムも近年豊になったし、そろそろこの会も解散を』そんな考えは第1期生のタムさんに会って吹き飛ばされた。ベトナム報告終了。
◆話変って高崎高校陸上部が学校対抗で総合優勝だって。私の時は2部優勝で喜んでいたが、凄い成績だ。田島監督おめでとう、また御指導有難うございます。24日が祝勝会、大須賀先輩大いに飲みましょう。そして野球も春の選抜、甲子園濃厚。境原監督おめでとう。それにしても野球好きな富岡市長、今夏も甲子園、来春も高崎2校で甲子園ついておりますね。私も久しぶりの甲子園を楽しんでくるかな。
◆11月2日バスで明治座・墨田川下り・浅草ビューホテル観光、5日長男健太郎の大学のサッカー仲間の資産管理で立川市を訪問、私の得意分野の借地整理の相談。借地権を買い取る交渉もすぐには進まない。運転手は健太郎。7日次男金次郎と戸塚社員で浦和の勉強会で会社訪問、運転手は金次郎。13日はアミノバイタルでの最終戦を応援予定。行きに調布の物件確認をして帰りはくいものや亮のライブに。
◆今年もあと50数日、あと売買案件を10本位契約して少し正月をゆっくりしたいものだ。その為にはやはり全ての用事を早め早めに片つけて余裕を持って仕事に邁進しよう。酒量も減っているが運動・散歩も少ない。早寝早起きを明日から実行、だって今日はもう午前2時だもの。
お休みなさい 以上。
2011年11月8日「火」午前2時過ぎ
広田 誠四郎 書く
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