2017年01月11日

《謹賀新年・炭のパワーは永遠です・やればできる》

◆謹賀新年、珍しく初日の出を見逃す。起床後20分ばかり散歩、朝風呂に入り、信子、金次郎と年の初めの挨拶・屠蘇を交わしおせちで朝食。少し遅れて健太郎・史恵・凜太郎・万次郎が加わり賑やかに、その後健太郎親子は史恵の実家に挨拶に。暮れに実父を亡くし嫁のお母さんも、嫁も慌ただしい毎日を過ごし疲労困憊、ゆっくり休んで欲しい。私は12時から田町顔合わせ・駅前だるま市・墓参と移動し早めに帰宅。だるま市は鐘や太鼓・三味で人集めは成功?だが、正月らしさは今一つ感じられなかった。
◆さて私の今年の目標は1まずは健康 2体重は72㎏以下 3リハビリ週2回 4早寝早起き 5即行即止 6素直 7整理整頓 8無償奉仕 9挨拶 10時間厳守 の10項目。あまり気張らずに呑気に実行を目指そう。やっとこ、体調も回復してきた。普段は仕事に励み、少しは自由な時間を楽しめるよう頑張ってみたい。1月22日ー26日ベトナム初めてのダラットに2月11日―15日3年ぶり中国湖南省へ出かける。現地での植林作業はまだ無理だが状況確認・企画・親睦程度なら問題なしであろう。
◆暮れに届いた幾つかの会報に、心揺さぶれる文が目についた。まずは「くまもり通信」川嵜實支部長の「故宮下正次顧問への追悼 炭の力を信じて」。宮下氏のご高説を聞いた川嵜氏は、10数年で深く宮下理論の実践をして各地の松枯れを防いだ。宮下顧問の研究指導に感謝しご冥福を祈る、と同時に川嵜氏の益々の活躍を期待したい。次は「さばく53号」。日本沙漠緑化実践協会の機関誌は近年、内容がより充実の感あり。発足当時の思い出から若い人の真剣に緑化に取り組む姿勢に感銘を受ける。少しく私の緑化活動の原点となる沙漠談義を。
◆遠山征瑛先生の「第1次中国沙漠開発日本協力隊」91年7月「広田住宅センター」の社員、平松義晴・後閑靖代さんも動員8次隊迄参加したが、1年強で遠山の親父と意見相違が生じ、我々は「地球緑化センター」を設立「実践協会」と袂を分かつ。暫くは疎遠であったがなんと「倫理法人会」で「実践協会」と接触、懐かしさのあまり2度訪問。そんな訳で中国通いは延々と続き内モンゴル沙漠、重慶の揚子江、承徳市の豊寧などへ私は都合40回強、訪中したが、ここ3年は病気と中国の強い姿勢?で凍結。
◆その「日本沙漠緑化実践協会」の会員も、植林活動の参加者も、寄付も減少、財政が厳しいと。更に世界の経済大国になった意地悪中国になんで我々が植林の手伝い、オカシクナイ?との声が、多いのも確か。でも一度でも沙漠で穴を掘り、木を植えた人はその時点で、その木が育って欲しいと素直に願っていると思う。どこに線が引いてあるのか、同じ地球だ。また、植林現場で村人や中国学生達と一緒に作業をし、心を通じ合えた感想は、皆良い人ばかり。そんな文面から私は思い、祈る。若い人達の心に≪地球は一つ≫が根付かないかな、と。
◆久し振りの訪中に今、わくわくしている。蒋家村は4回目、蒋雄軍さんは村の人達のカンパで日本留学・高崎経済大学で大宮登ゼミに所属。在学中から『日中友好桜プロジェクト』の私案を先生に相談、彼の熱意が先生を、周囲を動かし10年間の活動となった。今や禿山は緑に覆われ、果実も沢山収穫でき、小動物も棲息し、計画的農業に励み、生活も大分余裕が出てきた様子。大宮先生の物心にわたる強力な支援がおおきな成果をもたらした。素晴らしい≪故郷に錦を飾る≫≪師弟愛・日中交流編≫物語はまだまだ続く、そして第2ステージに。
◆今年は暖かな正月でスタートでき、良かったですね。私も倒れてから2年強、何とか周囲の手助けで仕事にも復帰でき、今、自分は幸せなのだと思う。取り敢えず、後遺症もなく、無理はできぬが普通の生活を楽しめる。あと何年持つかわからぬが、きっと逝く時は一発で逝き、妻子に手を煩わせぬであろう。大体、死に方もわかってきた。さあ、あとは13年間でしっかりと終活整理してゆけばよい。年頭においてゆっくりとこれからの『生き方』と『終い方』を考えることが出来た。感謝しまーす。
2017年1月1日 広田誠四郎 記
  


Posted by 広田 誠四郎 at 18:38リードプランニング

2016年12月15日

《逆瀬川新議長 汚名挽回期待しているよ》

◆師走、1日は神田で賃貸借契約の勉強会。神田駅前から研修会場までは多くの飲食店が並びどこの店も昼食客で一杯、人気店の前は行列、高崎では考えられぬ。飲食店は昼夜2回、いや3・4・・・回戦とこなすのかな、流石東京。2日は立教アメラグ44年卒同期会、生き残り8人全員が上野のぽん田支店?に集合。立花孝次が11月 前立腺癌手術後に拘らず元気に参加。一昨年は私が欠席したが全員揃うのは段々難しくなってくるね。宴席は酒も料理も旨く楽しかった。2次会は安藤邦夫と上野のガード下で。次回は7月築地 弘喜楼で、元気で会おう。
◆2日午前はリハビリ、午後整体後、定期借地の打ち合わせ、その後上野ぽん田に。3日富岡賢治市長の市政報告会 1時高崎商科大講座で金井沢碑研究 4日は横浜にて 大胡物件の商談 夜は伊豆に宿泊予定 6日リハビリ・下豊岡測量立会・RCマスコット配布・前橋現地説明・工事業者打合せ・不動産コンサル忘年会、とえらく欲張った予定。7日群銀の忘年会。どうしても宴席になると酒量がいってしまうが、抑えているので、例年より忘年会は、少ない。7日は足の静脈瘤の手術ゆえ6・7日は禁酒、この2日間は絶対禁酒ですぞ!
◆高崎山名―根小屋の「石碑の路」・『信澤工業 信澤克己』をご存知?今日の商大講座で私は信澤さんの偉大さを改めて確認、私は先々代克己社長とは少し、先代の卓社長とはRCでご一緒、「石碑の路」については、『是非完成させたいんだがー』と卓社長。私費で万葉歌碑29基を建立、更に多くの石碑を収集して蓄えていたが平成9年克己社長・26年卓社長逝去。その間白石隆夫市議は商大山崎紫生教授と協力「高崎里山の会」として石碑の調査・整備を開始。「路」の整備は10m以上の大木を倒し、草木を刈払い、空と道を創り、更に5基も建立。
◆荒れた「路」の整備に一度だけ参加、少しづつ空と道をとり戻すのは何とも気持ちの良いもの、その後、私は病気の為活動中止。白石市議の作業着でチェンソーを、ユンボを、草払い機を率先・行使する姿は恰好良い。お陰で上野三碑の文化とロマン・健康と自然と環境で、明るく楽しい話題提供。地域の益々の発展を期待したい。講座では「観音山の竹の脅威 高階ミチ・松枯れ 川嵜實・野鳥・植物」等の報告書も頂戴した。西野仁美講師・山崎紫生先生の講演に感謝、城山小6年今村修君・2年吉岡陽向君発表ご苦労さま。
◆話変わって、この12日は『第86回葡萄屋寄席』。あるじの清水文四郎さんは立派だ。昭和55年から開催を続けてこられた苦労話を聞かせて貰いたい。私の自宅の机の前には『笑点暦』12月の大喜利は『消防署の忘年会に行ってきました』どうでした?『2次会、3次会、4次会、はしごするんですね』三遊亭好楽。来年の1月は『宝船に雪を降らせました』どうなりました?『景気が冷え込みました』三遊亭円楽。初春からこんなことにならぬよう『安倍奴親分』頼ん末世?文ちゃんいつも楽しみにしています。
◆私の好きなテレビ番組は『笑点』と『大相撲』。ビデオをとって見逃さない、出来れば笑点も相撲も中継時間にゆっくりお酒でも飲みながら見たいのだが、チャンスは少ない。笑点は年に1回位、相撲は3,4回位かな、ゆっくり観戦は、これが私の一番の楽しみ。今年は蔵前で観戦(金次郎の招待)、お酒を飲みながらはっけよい。落語は林家つる子が入って都合10回ほど。ただ一番人気の立川談春の公演は面白くなかった、きっと私の耳が遠いので声が合わなかったのだろう。他は概ね楽しい時間がもてた。
◆もう今年も御終い。体調が不安定ゆえ、耳も記憶も不確かでお客様に迷惑を掛けたが、これからはお話を聞き落とさぬよう、忘れぬよう努めたい(ダメだよ、目も、耳も、頭もみーんな悪いんだから)。冗談でなく良い補聴器をつけ、しっかりメモして、体調を万全にして仕事に、遊びに励みたい。この1年、本当にお世話になりました。どうか来年も皆様にとって良い年になるようお祈り申し上げます。
2016年12月3日(土)25時15分
広田 誠四郎 書く


  


Posted by 広田 誠四郎 at 18:00

2016年11月09日

《ハノイの子供達》

◆11月4日 42回目の結婚記念日、へー、もう42年か。子供も男二人、孫も男二人と、家族は広がり繋がった。よく持ったものだ、と感じるし、改めて苦労を掛けた女房に感謝をせねばならない。そして11月9日が、心筋梗塞を発症して丸2年、今70歳だが、私は2年前をゼロ歳として、満2歳となった。この2年、これからあと何年持つかわからないが、これからの人生はみんな『おまけの人生・儲けもの』になる。大分体調は良くなってきてはいるのだが、今一つすっきりしない症状があり、完全復活を宣言できない状況である。
◆『健康』本当に体がしっかりしているという事は、有り難いことだと今更乍ら感じている。できれば健康で、ピンコロで与えられた命を終わらせたい。元気であれば、どんな行動も可能だ、どこにでも飛んでいける。その為には運動に励み、早寝早起きをし、暴飲暴食をせず、好きな事をして、余生を楽しむ、時間は充分ある。これ以上体調悪化を防ぎ、医師のいう事をしっかり守っていこう。そうすればベトナムにも、中国にも、他の好きなところに行って好きな事をやれる。一病息災、イヤ二病息災の私だが『おまけ』を大いに楽しみたい。
◆ハノイ報告。10月8日―13日今回は1年生5人、4年・5年10人と25人の里子と面会、お土産を調整するのに大変だった。印象に残ったのは、お姉ちゃんもこの奨学金を貰って卒業、今回弟も里子に選ばれたお母さんは、以前に家庭訪問をした時我々に会っていると大喜び、『私達家族は日本の皆さんのお陰で子供を小学校に出せます』と感謝の言葉。一方、5年生の母子家庭で父は0歳で病死、母は3年前に完全失明、母の面倒を見ながらの優秀な成績、母親は黒い眼鏡を外し、涙を拭きっぱなし、今後、この娘はどんな生き方をするのか。
◆今年度のお預かりした140万円はハノイ市教育養成所に。故川崎武雄・琴さん、櫻井弘・松岡伸・亜紀・小野垣義男・広瀬節子先生、清水一也会長・ソロプチミスト関連 井上順子・箱田明美さん、倫理の菅家利一・高橋正光・藤井昌子・金井正久・宮沢啓さんそれに田中隆夫・三枝子・鳥屋恵美子さんもうじき里子のプロフィールがお手元に届きます。どうか5年間で一度、里子に会いに行ってやって下さい。お陰様でこの23年で里子数は延3400名を超えました。感謝。
◆倉渕の牧野酒造・甘楽の聖徳酒造さんからお酒6本ずつを戴き、教育養成所・支所などにお土産に渡したが、ハノイでは度数が低く、水っぽく感じられてしまうようだ。ハノイ郊外のイオンのアンテナショップで『大盃』『聖徳』は立派に展示されていたが、どうもこれからの売り込みは日本の進出企業に期待するのかな。でも駐車場のバイクで一杯、丁度群馬町のイオンの駐車場の8割位がバイクかな。日本のテナントが日本と変わらず商品展示、フードコーナーなどお客様で一杯、全ての生活レベルが日本と変わらぬと見たのは私だけかな。
◆仕事の方は忙しい。休みは月に2,3日位かな。最近予測通りに行く仕事の割合が、高くなり、余計仕事が楽しい。勿論疲れるので早めに切り上げるのだが、時間の使い方が下手なのだ。そういえば歩くのも下手。しゃべるのも下手。字が下手。片づけが下手。上手なものはさて何があるか。打ち合わせ・契約・現地確認・研修・相談そして不動産コンサル等のほかリハビリ・会合・懇親会にも時間はとられる。勿論、昔の仲間との懇親はとても好き、11月18日は代々木でアメラグ1年生時1-4年のOB会、久しぶりに大いに楽しんでこよう。
◆今年の月めくりのカレンダーも残るは2枚。手帳も来年度用のものが賑やかに売り出されているが、なかなか選ぶのも難しい。やはり少し大きめのものが沢山書き出せるし、物も挟めて使いやすい。私はB5のノートとB5のダイアリーを併用して手帳はほとんど使用しない。それでも手帳コーナーに行って手にしてみる。あくまでも手書きが良い。でもこの原稿を書く?のに今は原稿用紙でなくワープロ(パソコン)で打ってはいるが、これ以上は。どんどん進化する道具に(器具)に後れを取る。
◆寒くなってきました。お風邪を召さぬようお体をお大事に、では12月までさようなら、再会。

2016年(平成28年)11月6日
14時40分書き終わる
            広田 誠四郎 記


  


Posted by 広田 誠四郎 at 18:58リードプランニング