2017年07月20日

《暑い夏に負けるなよ。お前の季節だろーーーが!》文中 敬称略

◆【ベトナム教育里親の会】5月20日に総会、その日の前後に会議、出席するのが一杯。会長を辞して無責任になったと言われても仕方ないかな?幸い草津・高商出身の佐藤正雄税理士が後任会長ゆえ大いに期待している。29年度里親25名募集中7月7日現在あと5名の確保が必要。7月末までに達成をしたい。今年で22回の訪越を組む、会費が年12,000円、小学1年から卒業迄5年間、ハノイ小学生の奨学金スポンサーになる。合計でも6万円だ、その子の学校・家庭を訪問・手紙のやり取り等もスタッフ・内容は充実。今年は10月7日-12日7名でハノイに。皆さん来年は是非一緒に里子に会いに行きましょう。
◆【会員の心】この22年の間、どれだけの人に面倒見て貰えたか。この他国の小学生に純粋に金銭奉仕をする制度、そして学校を・施設を・先生を派遣する訳でなく、ただひたすらに自分のおこづかいを知らない子・娘に送り続ける。見返りも何もない。ひたすらハノイの貧しい子供の奨学金に差し出す。この人お一人がいてこの運動は続いてきた。会費は20年ぶりに値上げ改正したがシステムは同じ。ハノイの現状からするとこの会の初期目的終了の声もちらほら出てはいるが、都会は勿論、地方はなお厳しい状況である。なぜ日本国内には目を向けないのか。とのご批判も戴く。『この会は続ける・次のことは別問題・検討に検討します』
◆【マニラ】6月28日―7月1日高信経友会の研修参加者6名。佐藤誠一会長のボランティア活動の現場確認のフリー旅行、前回は8年前に盛岡マニラ育英会の一員として娘に会いに。今回も再会を楽しみに連絡を取るが叶わず残念。同行者林克典(三喜産業)川嶋正靖(川島工業)岩井真(岩井土建)北形信也(アイテク)と私。翌朝いきなりゴミ問題を抱え、家のない子や、家族を面倒見ている施設訪問。かなりの高年齢の人達が出迎え、一瞬彼女らが施設収容者かと?いやボランティアのスタッフだった。「これは深刻だぞ」
◆【ごみの山】バラック小屋の連なる村を一巡、そして移動してマウンテンに、でもここではゴミ拾いはいない。篤志家が(市役所ではない)ごみの山を取り囲むように5階建てのアパートを10棟以上建てそこにバラックにも入れない人達を収容。以前はごみの山を老若男女が炎天下ゴミを漁っていた印象ばかりが残っていたので。緑多く、丘になっていた。3坪・4坪のトタン屋根の小屋に家族7・8人で生活。頂上に近い家には下着も付けぬ子どもが3人遊び廻っていた。最貧民窟の生活を見た後・ごみ漁りのあの人達はいなくなったのかの質問に『この山にゴミ搬入は禁止、他の山は何か所もあるし、いるよ』と佐藤会長の返事。
◆【雷様】マニラはこの時期1日に1度シャワーに恵まれるようだ。29日は凄い雷様だった。私はホテルの8階の部屋にいてひかり・雷鳴ともに充分観察できた。帰宅は4時30分本を読み始め、遠くが少し暗くなり、10分もせぬうちに雨が降り始め、その内に光・雷鳴、こんな光り方・鳴り方・地響き、真っ暗なのに明るい、何せ(雷の本場・以前)出身だが昔の記憶でもこんなにすごいのは初めてであった。5秒10秒で光輝き、雷が落ち、稲光が上から下へ、横殴り・縦横と活躍。こんな雷騒ぎ初めてかな。とても昔を思い出し、余禄を楽しんだ。上州の雷様も最近はちっと意気地がなくなった。上毛かるたからも消されるよ。
◆【日本でも国外でも】どこの国に行っても今や人の顔を見ずにスマホとにらっめっこ。どうしてこんなにこんなものばかりに頼った生活になってしまったのか。理解に苦しむ。が確かに便利なようだ。今回同行したメンバーは使いこなせる派・私はやっと電話が出きる派。私はかれらの話が殆ど理解できない。という事は、日本にいても外国にいても言葉が自由に理解できない状態が生じていることになる。6月初めにスマホを変えたばっかりに、滅茶苦茶操作が自由にできず苦労をしている。この7月はスマホをもう少し使いこなせるように指導を受けよう。そうでないと(孤立した)日本人になってしまうのだもの。頑張ろう。
◆【6月】11日12日弥彦神社・新潟護国神社参拝、13日火曜会、14日伊勢崎・立川商談、15日南浦和商談、16日プロバスクラブ・問屋町商談、17日ミライズクラブ・軽井沢、20日診察・渡辺行政書士、21日並榎調印・南浦和精算・田町、22日日中友好協会・公証人役場・RC、23日立川解体確認・川崎にて大学H組同窓会、24日さくらプロジェクト・清水農園・高高P会長会、25日七日市・上並榎商談・丹羽宇一郎講演9割方居眠り・前橋商談、26日葡萄屋寄席、27日駐車場組合28-1日マニラ、7月3日全体朝礼・貝沢・上並榎・根小屋商談、4日・中国語、5日群央会、6日RC・問屋町商談・田町・のれん会、7・8日湯沢・沼田商談・解体打合せ、今日9日はくいものや亮ライブだ。7月も忙しいね。
◆【随分と暇になった筈なのだが】???

2017年7月9日 広田誠四郎 書く
  


Posted by 広田 誠四郎 at 19:42リードプランニング

2017年06月18日

《先輩・後輩・同輩の活躍は嬉しいね》文中敬称略お許しください

【同窓会】今朝の上毛新聞に高商40年卒同窓会写真。45名中女性が6名、写真には2中杉田健司・諸橋雄一郎・3中高木健次郎3名の友人の顔が。一方同期の高高組は昨日開催、31名と少なかった。でも五十嵐肇・木村明夫・清水幹雄・田島章・中島邦弘・中沢利之等3分の1が市外・県外からの参加。サッカー部中沢とは2年時の同組、部室は隣。15-6年間シンガポールでの生活から最近高崎に移住との事。久し振りゆえ顔も名前も分からぬ友も、良い機会なのにあまりに時間が少ない、改めて個別に連絡を取り旧交を温めたい。
【富岡賢治市長】高校時代は生徒会長、珍しく最初から最後まで付き合う。いつも忙しく働く彼の体の事が心配になるが『いやー少し血圧が高めだがいたって健康』、抜群のタフガイだ。山積する業務に立ち向かうあのファイトはどこから生まれるのだろうか。2期8年で終わるのか、将又?いずれにしろ今の高崎は元気がある。良い時代に乗っかっているのか、彼の指導力のお陰なのか、さーてどちら?そう言えば彼に県立女子大学長要請をし、高崎に縁を戻さしたのは故М県会議員だったけ。彼はお眼鏡に叶って活躍していますか?Мさん。
【高高120周年】この机の上に≪翠巒70・100・120年記念誌≫がある。70年誌は私が大学2年時の発刊。妻の実家(後閑周之介宅)から借りたもの、私の高校生時の先生方が編集委員、執筆者の多くは故人に。70年誌・100年誌(上下2巻)・120年誌の紙面には多くの思い出が、凝縮されている。私も同窓会・PTAの役員で学校に長く関わり水穴再喜・堀口康平・古川功校長先生方に特にお世話になった。現在の加藤聡校長も20年前は若手バリバリであった(今も若いが)。串田紀之同窓会長記念式典成功裡に終了、お疲れ様でした。
【安中の杉並木は母情を語る】井伊直孝って知っている?2代彦根藩主は安中・後閑の内堀家で生れ育った。『萩原源内兵衛の孫・萩原図書その娘沢子』沢子が直孝の生母である。箕輪城主井伊直政の寵愛を受け弁之助を生む、その弁之助が直孝となる。江戸から彦根に帰る直孝殿様、そして安中杉並木での大名行列の息子に会うべく直訴、叶わぬばかりでなく、「会わせろ」と行列の前に立ちはだかった老婆は、彦根藩士に斬り捨てられてしまった。と、約500年前の話。井伊直政の子 直孝の母の愛を語る 安中杉並木悲話を聞く。
【ベトナム・酒田等】5月20日1時半総会。9月新入生の里親25名の内15名決定、あと10名募集090-3147-7545広田まで。訪越参加者8名。この日11時重粒子線治療の勉強会・5時高高祝賀会。21日ホテルリッチ&ガーデン酒田に宿泊、5時起床自転車で散策イヤ散車?旧市街地の大火災の復興ぶりや残った街並みを確認できた。食事も美味しく、ゆったりバスで楽しい2日間を井上支店長・遠藤会長・市川顧問お世話になりました。是非復習をするために再訪すべき都市、また早めに糸魚川火災の跡地も確認の機会を探そう。
【デンマークからのお客様】私の第一幼稚園・中央小・第2中の同級生信澤幸男君の話。彼のお母さんは95歳、年に1度位事務所に顔を出してくれていたお母さん。先日『今幸男が日本に帰っているよ』の声で私はすぐに会いに行く。大学卒業してデンマークに渡り、結婚し外科医を定年迄勤め、今は年金暮らし。福祉の最先端を行く北欧の制度と日本のそれと比較・説明を聞く。因みに彼の父親は立教の馬術部で私の大先輩、高崎立教会創立時よく出席戴き指導を受けた。当時の馬上の恰好よい写真が飾られていた。おばさん有難う。
【5月の足跡】8日信澤君と再会・田町協議会・9日湯沢・10日赤高崎総会・11日成田町契約・RC・京目協議・12日片岡町精算・ベトナム会議・13日下豊岡協議・中村紀夫上毛掲載小説お祝いの会・14日境町物件確認・伊勢崎山王町協議・不動産コンサル相談会・15日あら町・貝沢町・前橋住吉協議・16日道又医院検診・あら町確認・貝沢・片岡挨拶・17日あら町・片岡町協議・床屋散髪・18日リハビリ・RC・田町協議・志史の会・19日プロバスクラブ・喜多町協議・20日21日22日上記・23日上並榎協議・日赤県総会・24日リハビリ・元総社お祝い・市民大学・26日上大島決済・昭和町契約・上里見協議・大木チェンバロ・常盤町協議・RCIМ・28日ごみゼロ・30日金古協議・リハビり・緑化協会総会・RCパスと会長会・31日緑町協議・6月1日リハビリ・RC・南林間・緑町・根小屋協議・2日上並榎協議・上記・3日中居・南陽台・昭和町協議 以上。≪同窓会月間?でした≫

2017年6月4日 広田誠四郎 記
  


Posted by 広田 誠四郎 at 17:26リードプランニング

2017年03月09日

《中国湖南省蒋家村報告》

◆1か月前から咲きだした我が家の河津桜は今が満開。毎朝小鳥が争って花蜜をついばむ。暮れに枝を剪定したので花の量は少ないが早春の我が家の楽しみだ。1月のダラット市、2月の我が家、そして蒋家村と、今年は桜見物・愛でる機会が多い。それではその蒋家村訪問記の始まり始まり。第13回桜プロジェクト(高経大教授大宮登会長)で2月11日ー15日まで中国に。会長の代理は長男大宮透団長・元沢藤電機 込山精二部長・新島学園 須田幹生先生・高経大1年生高岸昌平さんと蒋雄軍さん・広田の6人で訪問。
◆羽田―広州空港泊―新幹線にてチェン州西―蒋家村泊―嘉禾県泊―チェン州-広州泊-羽田の行程。広州からは高経大4年の李ソウさんとお母さん楊鳳玲さんが案内に加わった、通訳は蒋さんと李さん。私は病気のため丸3年中国訪問は控えたが、新幹線駅前は高層住宅が文字通り林立。蒋さん曰く「あの時不動産に手を出しておけば大化けし大儲けしたよね」本当にその通り。蒋家村に通い始めた10年前に比すれば交通網の整備・スピード化・社会の高級化・富裕化・インフラ整備に只々ビックリ、あきれるばかり。
◆蔣家村では旧正月も重なり楽団・爆竹・村中の老若男女が恒例の大歓迎、村の入口では村長始め幹部の出迎え。昨年村長は脳梗塞を患い大分回復はしたもののマヒが残りまだ一人で歩くのがやっと。今年選挙があるようだがもう無理せず早く元気になって欲しい。人間いつ倒れるか全く分からない。今年も緑化委員長宅に世話になった。今年はまだ息子夫婦も里帰りで残っていて賑やかだった。集会所での歓迎会、翌日の植林現場視察と精力的にこなし『蔣家村の近未来について』村民と話し合う。世代交代を意識させられた会議でもあった。
◆人口860人の蔣家村①この10年間で若者は出稼ぎに都会に、人口減・家庭の崩壊②空き家が目立つ・村の外側に新築移転―古い家を放置―ここでも空き家対策?3百年4百年の歴史的建造物の保存は?③区画整理・植林計画・経済林・観光地化・駐車場の確保④事業予算確保⑤これら全てを推進するための学習・勉強会(現在も村の大人の8割が文盲―厳しいね)。⑥マナー講習会(分別も掃除もしない)今回は初めて青年たちが目立って発言、正月ゆえ30-40代が多かったのか。蒋家村の将来に大いなる期待をしたい。
◆金がかからず即実行できるものはごみ収集・分別。桜の周りの整備・名札整備・菜の花植樹・ベンチ椅子の設置少しでも一人でも花を愛でる心を持ってもらえるように仕向け桜咲く里を観光地化していこうではないか。それにしても植林の済んだところは手が行き届き整理されていたのには感心させられた。蒋緑化委員長、謝謝。翌日は分家した村を訪ね、お昼をご馳走になり、嘉禾県へ、朝ここで眼鏡を紛失、眼鏡を新調しようか、無しで帰国、と決め行動開始。朝の路上ラーメンが絶品、店とも言えぬ店で昼も食す。翌日は広州へ。
◆李さんの地元ゆえバスに乗って案内してもらう。広い住宅資材の展示場や、彼女の自宅マンションも見せてもらいお茶を頂く。広い3000戸の団地(皆5000万円クラスの完全警備の)勿論テニスコート・プール・ジム等々ばっちりの高級住宅街。暫く歩いてやっと朝食に『四海一天』ありつけた。楽に1000人位収容の舞台付きの大ホール、なんとここは『飲茶』でお昼までゆっくり朝食を楽しむんだって、そして李さんのママ、楊さんが「ここの勘定は私が持つわよ」だって。なんと太っ腹なんでしょう。とてものんびりおいしく飲茶を戴きました。
◆今回も高級マンション内を丁寧に見学させてもらい、とても参考になった。そう広州の初日は李さんの運転で『ニッサンの新車』に乗せてもらったっけ。大都会をぶんぶん飛ばすのは怖かったけれど、私の心臓は我慢してくれました。ベトナムは苦痛があったのですが今回の中国は天候にも、メンバー?にも恵まれとても楽しく旅行できました。成長著しい大宮透さん、元気で真直ぐな込山さん、暖かい須田先生、ガンガン伸びる高岸さん、蒋家村を背負い面倒見る熱血漢 蒋雄軍さん大変お世話になりました。
◆帰国後、疲れからかまたこの半月体調不良、咳と痰が止まらず、声もかすれガラガラこの状況になると又体力の自信がなくなる。いつまで愚図な状況に浸かっているのか。もう少し呑気に遊び同様仕事も楽しくやりたい。そうすれば愚図愚図せずに皆さんにも喜んで貰えるのになー。今日5日は孫の万次郎の卒園の発表会、歌に、朗読、体操と心配しながら応援したがどうしてどうしてしっかりとよくでき頼もしく感じた。もう4月から小学校、先ずは体力をつけ、誰にも可愛がられる子供になって欲しい。万次郎ガンバ。
◆今回は大発展の都会と、まだ陽の当たらない寒村の大きな格差を感じたツアーとなった。  以上。
2017年3月5日 22時50分書き終える
広田 誠四郎
  


Posted by 広田 誠四郎 at 17:36リードプランニング