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2005年09月03日

リードクラブ『伸びる不動産会社』 2005年9月出稿原稿

【群馬県高崎市】 
広田住宅センター
代表  広田 誠四郎
?私と不動産業のかかわりは
 私が1946年高崎市田町に生を受けた。当時、父 金一は『広田金物店』と『平和タクシー』を経営していた。その父は「これからは不動産業が有望」と商売替えし1956年『広田不動産』を設立、私は『不動産屋の倅』となった。当時倉庫を改築し貸室をつくり、また古材を使って新築し40室弱の大家業もはじめた。中学、高校生のころから私はアパートの集金の手伝いをし、段々と『不動産屋の倅』らしくなっていった。私が大学でアメリカンフットボールの練習に明け暮れていた20歳の時、父は癌におかされ死去。『広田不動産』は5歳上の兄 政道が経営をそのまま引継いだ、私は母 敏子の要請で内定していた銀行就職をあきらめ大学卒業と同時に『広田不動産』に入った。
 『買取・売買』をメインにしていた父のやり方を継いだ事務所にお客さんが来店。「貸家・貸し室を探して」の問い合わせに、依頼されていたオーナーに電話すると「ごめんなさい、もう決まった」と断られると兄は「賃貸なんか面倒でやっていられないよ」。  
こんな事の繰り返しに「なんかおかしいぞ、オーナーとのコミュニケーションがないのだ、自分が悪いのではないか」と気付き、オーナーとの接触を強めていく。この『気付き』が私の『不動産業の基本・原点』となっている。その間、兄は不動産鑑定士に合格、登録、『有限会社 広田不動産鑑定事務所』を開業。
1973年『広田住宅センター』を個人創業し私は現在59歳。こんな形で私の不動産業とのかかわりはもう36年いや48年?になるといってよいのだろうか。兄に従事した5年間、いい勉強をさせてもらった。そして大きな生きる方向を与えてくれた母に感謝。だって本来なら誰もが羨む大銀行を蹴って「高崎に戻れ」と言ってくれたのだから。
 ?『広田住宅センター』の特色
 創業以来『賃貸仲介』をメインに『満室・安定アパマン賃貸経営』を目指す。そのために1997年より『しっかり管理・即行即止』に努める。すべての業務は『賃貸』をベースに成り立ち、『契約更改』の更新業務も『家賃滞納』の督促業務も『退去時精算』の精算業務もオーナーとユーザーの中間に立って懸命に担当者が対応させてもらっている。
そうした入退居のなかからも売買情報は生まれてくる。「そろそろ土地を」とか「家を建てたいのだが」といったお客様がチラシをもって来店してくれる。従来それなりの『売買仲介』実績もあったが、改めてリードクラブに入会して良いところを取り入れさせて貰っている。ちらしや新聞広告に掲載する土地建物の売買情報はすべて直接、売主からお預かりした物件に限定。これが他社と異なる大きな特色といえる。
そのため買主・売主とも両方がお客様の取引が非常に多い。いわゆる両手の報酬を頂戴させて貰っている。これによりお客様の顔が直接よく見え安心取引がより多くできる。
 ?顧客拡大のための営業戦略
なんといっても地元不動産共同ちらし『リード』、『eはうす』と上毛新聞『すみかくらぶ』、雑誌『不動産ジャーナル』などによる広告宣伝が主たる営業。特に『リード』誌においてはもう20年以上にわたり記事中に『広田日記』ともいえるコメントを掲載、高崎のこと、業界のこと、その月の私の行動を記した公開日記に多くの読者ファンがいてくれるようだ。下手な文章と行動記録が『広田住宅センター』とファンの距離を近つけてくれるのか。「いつも読んでいるよ、やっと不動産のことで相談に乗ってもらえることが出来た。1度会ってみたかった」と言ってくれるお客様もいる。本当に有難いことである。感謝。
細かなことでも相談にのり1台2000円、3000円の月ぎめ駐車場から管理をさせて貰い『丁寧さ』を前面に出している。そして多くのオーナーからなんでも相談出来る『コンビニ フドウサンャ』を目指し、戴いた情報はなんとしてでも構造分析し組み立てし直す。その結果2004年末に3億円強の権利金、保証金が授受される借地契約も成約させて貰った。『小さな事の積み上げ』が営業戦略か。            
 ?その他手掛けている周辺業務                                       
 定番の火災保険『損保』代理店と『火災共済』。住友海上火災(現 三井住友海上火災)の高崎市内の代理店では古株のほうだが、成績の出ない代理店はもう邪魔でお荷物になっているようだ。共済は伊勢崎のぐんぱつ菅家利一理事長のもと太田あっとほーむ・渋川 冨士開発・桐生 アパマン・宇都宮 ・熊谷と私の計7社で『北関東共済』 をつくりその一員にしてもらっている。どうしても手数料率の違いが損保を離れてしまう原因か。
そして賃貸借・売買での入退居時のリフォームは営繕・ビル管理の『有限会社 タカビル』が担当。常に必要な業務をいかに安く、早くできる体勢作りがポイント、本格的に検討し取り組まねばならぬ。
その他、自らのマンション・貸し店舗・戸建・ビル・駐車場などの経営に加え一括借り上げなども当然、業務の一つとして行っている。
中でも注目しているのが駐車場経営、一番安直に手掛けられ、廃業でき、借地・貸家の権利関係や煩わしさもない。駐車場経営が土地の利用法の初歩であると同時に最高の利用方法であろう、わかっているのだがーーー。

?私の信条・信念・座右の銘
 私個人と『リアルヒロ 有限会社』『有限会社 タカビル』の借り入れがバブル時に合計20億円。毎年少しずつ返済してあと8億8千万円、普通でいくとあと10年、でも何とか5年以内に借り入れ金ゼロにもっていきたい。昔から『借りたものは返す』と親から教えられ、それが当然のことであったが、昨今よくこの世間では『借りたものを返さない』という風潮を認めてしまう傾向が大変強くなっているようだ。
私も『この借り入れがなかったならば』と思う時が恥ずかしながら正直、何度もある。そして妻 信子にはよく泣かれる。でも私は『毎日つらい生活をし、苦しい毎日だが、でも楽しいじゃないか、おいしいものを頂き、世間様並みの生活をさせてもらっているのだから』と弁解。毎月苦しい生活を面倒みてくれるのはやはり私の嫁さんだ。泣きが入ってもついてきてくれ、逆に支えてくれるのも信子である。有難いものである、感謝、感謝。
早く残り1億円くらいにして『返済』を楽しみにしてみたい。もっとも現在も『借り入れ一覧』を銀行から取り寄せ借り入れが減っていくのを確認するのが『一番の楽しみ』ではあるが。頑張ろう。
『座右の銘』というほどきっちりしたものは持っていないが、やはり親からもらった名前『誠四郎』にちなんで『誠心誠意』。私の生き方を生まれた時から決めておいてくれたものと思う、本当に有難い。
そして『信念・銘』ではないが私を一つの方向に導いてくれるのが『倫理法人会』である。多くの先生方に人生の反省を含め、指導を戴く、5年前に『倫理』に出あったけれどいくらか本気になって通いだしたのはまだ3年弱。『倫理』をもとにこれからの人生を歩んでいきたい。この項最後に倫理研究所 参与 木村重男先生いわく「逃げるから苦しい 逃れようともだえるから悩むのである 何事もやってやってやり抜け‼」を掲げる。    ?私の今後の目標と事業展開の抱負
 全ての借財を早期返済し、社会に少しでも貢献できる、貢献する小さな事業所として高崎に生き続けることが目標。私は返済完了時をとりあえず引退時期と考えている、「それでは何年たっても引退できないじゃないか(影の声)」といわれても仕方ないネ。
 引退までの間は中国植林とベトナム初等教育の支援をさらに自分のできる範囲での協力をしていきたい。中国植林は地球緑化センター〔内蒙古自治区モウス沙漠・重慶市江津・承徳市豊寧〕と倫理研究所〔内蒙古自治区クブチ沙漠〕の4地区に年間30日から40日通っている。今後はこれらの他に日本の南端からベトナムにかけて各国の海岸べりに『マングローブの森』を拡大したい、これからの大きな私の夢である。勿論ハノイの小学生支援も続けながら何か違う形のものも出てきそうな感じがする。
 今は自分で求めた中国とベトナムというフィールドでコツコツと動き、何かチャンスを
与えられれば、そのものに思い切ってぶつかっていくファイトだけは持ち続けたい。
 
そしてもしも中国やベトナムで不動産関連の何か事業に関係することが出来るようになったならば中国やハノイの友人たちと喜びを分かち合いつつ日本国内に半年、海外に半年なんて生活も夢見ている
幸い2人の息子も何とか仕上がってくるのか。長男 健太郎はレコード屋稼業で、アメリカを飛び回って仕入れてきたものをネットで売り捌いているようだ。いつまで続く商売か知らないけれど納得のいく人生を送ってもらいたいものだ。今年2月に嫁さん史恵と結婚し来年には子供も出来るとの事。幸せな家庭をつくってほしい。次男 金次郎は大学を出て私のところで不動産業の勉強をしている。やる気はあるのだがまだまだ若い、しかしIT関連では私は息子に大いに世話になってはいる。
二人がふらふらしながらも方向がきまってきてくれ、私自身の重い荷物『借金』さえ無くなれば、今度は銀行でなくこれまで以上に社会還元ができる。私は来年60歳、還暦だ。あと24年思い切って仕事に,奉仕活動に、勉強に励みたい。そしてどこにも寄り道せずまっしぐらに進んできた自分を褒めてやりながら83歳(私は1977年に香港の占い師に両親とは死別、事業の様子などすべてを言い当てられ、最後の言葉が83歳の寿命、これがあたるのかなー)であの世に向かう。これが理想、おまけは現役のままコロッといきたい。そのためには少しお酒を控えめにしないとイケナイネ。
改めて『地域』『お客様』『不動産業』『友人』『親戚』全ての人たちに感謝の意を表したい。
                            
◆ 事業所データ
   〔商号〕   広田住宅センター
   〔代表者〕  代表 広田 誠四郎
   〔所在地〕  〒370−0824 群馬県高崎市田町92番地
           TEL 027−325−0055
           FAX 027−331−1181
   〔URL〕  http://www.i−hirota.com
   〔設立〕   1973年(昭和48年)8月9日
   〔従業員〕  13名(男性6名、女性7名)
   〔営業エリア〕高崎市をメインに県内および関東一円
   〔関連会社〕 有限会社 タカビル  リアルヒロ 有限会社  


Posted by 広田 誠四郎 at 19:18Comments(0)書籍・新聞・雑誌掲載原稿