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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2004年04月18日

『中国植樹報告』

◆4月8日―13日第5回豊寧・緑の親善大使で中国。前橋在住の高橋浄さんも同行、総勢20名の植樹団。北京の北180キロに位置する河北省承徳市豊寧県満族自治区での中国科学院・トヨタ自動車の財団そしてNGO地球緑化センターとの《濼河・潮河流域砂漠植林事業》が正式名。今回の訪中で始めて高崎市と友好都市《承徳》市内ということを確認できた。どの紹介にも承徳市の活字が抜けていたのでーー。という事は《承徳市に植林をしたい》という私の夢はすでに実行されていたのかーー。
◆3月の重慶植林を腰痛で直前にキャンセルし、満を持して豊寧に乗り込んだが初日に張り切りすぎて2日目の午前の部は腰痛が再発で休み。意気地がなくなったものだ。
◆でも我々の植えた過去2年間の実績は素晴らしい成果を上げている。ここ潮河の河床そのものにポプラを植えているのだが活着率は98㌫、内モンゴルからの風の通り道を緑の壁で砂を飛ばさせない効果が絶大。現場では今現在まだ葉が出ていないので私自身も信じられないほどだが、何しろ道や橋を塞ぐ砂を除ける除砂費用が不要になった。
◆4月18日高崎市日本中国友好協会の総会で『彦っぺ物語』星野満彦著を頂戴した。『満州引揚げ子供の記録』語り部・星野さんのお話をゆっくり聞く機会もあるであろう、面白そうな本に感謝、謝謝。
◆もうここ何年もゴルフをしていないなー、たまにはグリーン上を歩きたいのだが。中国やベトナムに行っているので金も時間もない、時間は自分で作れるが、お金がなかなかーー。私は仕事を通じて皆さんから戴いたお金を植林事業や奨学金につぎ込んでいます。広田が皆さんのお金を環境や教育に使わせて貰っています。再見。

2004年4月18日 ヒロッタ セイシロ。元気?に書く。
  


Posted by 広田 誠四郎 at 13:20Comments(0)e-house

2004年04月04日

金のある人金を出す、智恵のある人智恵を出す、力のある人力出す

◆今月は私の尊敬する3人の偉人について書いてみたい。1人は以前にもこの欄で紹介したが日本にアメリカンフットボールを導入し、また戦後の甲子園野球大会を復活させた立教大学教授のポールラッシュ先生。立教が早稲田、明治に声を掛け3校でフットボール部が誕生して70年。8月に70周年記念の祝賀会が開催される。しかし今回はスポーツでなくキープ協会関連の話。
◆皆さんは山梨県の清里を訪ねた事がありますか?私は大学1年の時『清泉寮』に宿泊、『立教キャンプ』を経験。あの若者に人気のある『清里』はこのポール先生が地元の人達と一緒に不毛の地を開拓し『高冷地農業、牧畜』を完成させ、乳製品加工品、土産等を売り出し山梨県の有数の観光地とした。日本の若者を愛し、清里を終の棲家とした先生の晩年に高崎聖公幼稚園の齋藤章二牧師のカバン持ちで『清泉寮』を訪ねた。車椅子のポール先生と齋藤牧師は主に『教会』関連の内容の話で私には『神様』の会話のように感ぜられた思い出がある。もっとフットボールの事や清里開拓の話を聞かせてもらいたかった。
◆2人目は遠山正瑛さん、鳥取大学名誉教授でこの2月27日に亡なわれた。91年日本沙漠緑化実践協会を設立、この12年間で『砂漠に植えた300万本』と今朝の読売新聞の追悼録に載っている。03年7月にアジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞した。
◆91年7月『中国砂漠緑化第1次隊』に参加した私は、85歳の遠山さんのパワーに度肝をぬかれた。くわえ煙草でコックリコックリしていた遠山じいさんが砂漠に近くになると途端に大声で話し出す。砂漠を歩き出すとどんどん先へ行き我々は後を付いていくのがやっと、私は当時45歳。『砂漠』がどんなものだか見たさで参加した私だったが、その砂漠に魅せられて私の砂漠通いが始まった。その後7次隊迄うちの社員も交代で参加。大倉隆子、平松義晴、石坂靖、高橋純子、小林瑛子、後閑靖代さん迄でその後、協会内紛が発生。
◆私は『遠山のおやじ』と慕ってしたが、『木』は育てられるが『人』を育てられない。あまりにも『頑固・自分勝手な』おやじと私達は2年足らずで袂を分かち新たな砂漠緑化グループ『地球緑化センター』を設立した。でも遠山じいさんのことは気になっていた。喧嘩状態のままNTTの労組で招いた高崎での講演会にも出席、さらには倫理研究所のツアーに参加したのが2年前。今のセンターのメンバーからは顰蹙を買ったがどうしても10年前の現場を確認したかった。結果は無惨な話。ここで書けない話も多くある。
◆とはいうものの、私の『環境・緑化・自然・継続』を大事にする行動の原点になった『おやじ』の教えに感謝。おやじが蒔いた種がいくつもの『グループ』に分派したが砂漠緑化に役立っていることは間違いない。97歳の大往生、ご苦労様。ゆっくりお休みください。
◆3人目は会ったこともない杉山茂丸さん、プレゼントされ本を読ませてもらって大感激。砂漠緑化の父は前出の遠山のおやじさんと思っていたが凄い人がいるもんだ。もう親子2代アジア全般で夢の実現を目指し、今3代目がこの本を著した。3代目もきっとこの後を続くであろう。その名は2代目杉山泰道<ペンネーム夢野久作>、3代目杉山龍丸さんと続く。初代、2代目ともに90年前から国内は勿論特にインド砂漠で実践されてインドの父ガンジーと並び称せられる偉人とのこと。もっとも遠山さんのところも2代目が頑張っているが
◆3代目は福岡の大宰府近郊に居住しているらしい。会って話しを聞かせてもらう事もできるかも、そう必ず連絡をとって会ってみたい。因みに2代目の夢野久作さんは私はトンと存ぜぬが怪奇/探偵小説で著名とのこと<ドグラ・マグラなどで。金次郎情報>
◆この本はマンションオーナーの藤岡の荻野武彦さんから頂戴した。おまえの活動に参考になるかもしれないと思ってと。有り難いことだが、すぐ夢中になるのが私の悪い癖なのでーー
◆今、私に借入れがなく今のように稼いでいられるならこんな夢のような人生が送れるのにと非常に悔しい。全て継続をすることによって形が出来てくるということを改めて教えて貰えた素晴らしい大先輩。私も83歳まで25年残っている。早く借金ゼロにして国内外の緑化活動ができるよう頑張りたい。そして好きなように飛び回ってみたい。以上

2004年4月4日    夢は広田 のせい しろう 書く。
  


Posted by 広田 誠四郎 at 13:00Comments(0)リードプランニング