2005年06月19日

『沢山、汗をかきましょう』

◆今年も梅雨に入ったが例年に比すると、この湿気が気にならない。永年、全ての関節が痛み、苦しんだ私だが堀井カイロプラクテイックに通院し、とても楽になり快調である。一昨年の辛さは言葉に出来ないくらい痛かった。先生のお陰である。感謝。
◆5月24日『日本赤十字有功会』の県総会・25日 城田明彦副会長のお誘いで『守成クラブ』26日ロータリー例会27日『日経懇話会』『群馬市民大学講座』28日『田町協議会』29日『地球緑化センター』の総会など連日総会やら、勉強会など県内、東京を飛び回っている。朝6時に行動開始をすると、より行動範囲が広がる。でも余裕が持てないなー。『忙しい』という漢字は『心を亡くす』ことになってしまうらしい。楽々生活。
◆6月12日館林の正田邸で桜友会・15日雨の中 千葉袖ヶ浦公園のしょうぶ観賞/枇杷食すバス旅行・18日ロータリーの米山奨学会に参加して多くの人達との交流を楽しんだ。
◆『ベトナム教育里親の会』の会員募集もおかげさまで35人が入会戴けた。あと15人まで頑張らないと。まだ090-3147−7545で受け付けています。ご協力お願いします。6月26日−7月2日は倫理の沙漠植林で留守。26日正午―2日の午後2時まで電話は不通。あとはいつでもOK です。アーアー、もう7月か、いっぱい汗をかきましょう。

2005年6月19日(日) 昼 田町にて 広田 誠四郎書く  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:43Comments(0)e-house

2005年06月05日

〓『ベトナム教育里親の会にご入会のお願い』〓

◆5月の連休が『緑の親善大使』でモウス沙漠、今月26日―7月2日は『地球倫理の森』のクブチ沙漠と内モンゴルでの植林活動が続く。沙漠の入口の包頭市(内モンゴル第2の都市)を過去何回も通過するがゆっくり周辺を歩いたことはない。ここは戦時中『緑の聯隊長』吉松喜三大佐の部隊が各地に植えた日中友好の並木の出発地点である。
◆『一生の半ばを植樹に捧げた軍人』吉松大佐の部下、戦車師団・機動歩兵聯隊・騎兵13・14聯隊に所属していた比留間金吾(東京・駒込在住・84歳)さんとは植林ツアーで何度もご一緒し、『緑の聯隊長』の話を聞かせてもらっている。植樹・道路修理など現地住民のために尽くした功績は、蒋介石軍から日本に帰国する際「帰国の道を邪魔することなく、安全に通過させよ」との通行手形が贈られたとの事。
◆昭和30年から靖国神社で『慰霊植樹』が始まり昭和60年、90歳で亡くなるまで銀杏・桜の種・苗をまき、苗木にして緑化し続けた。その後、奥様もなくなり現在はきっと長女ひさ子さんがその仕事を引き継がれている事と聞く。先述の中国での植えた木々も6メートルを超える大木に伸び青々としていたが60年以上になって、一部枯れ始めたものもあるという。『靖国』と『植樹』のよい日中友好関係に今、大きなヒビを入れているのがK総理大臣。英霊の為に早く『公式』の冠を外し非戦国・世界平和を祈ろうよ。
◆『緑こそ人の心に安らぎを与える。木は平和の基です。靖国とは青を立てて、国を安らかにするという意味です。』大佐の考え方はK総理よりも率直にして簡明かな。
◆一度 是非、現地をみておきたい。比留間さん、包頭周辺を案内して下さい。
◆例年より1ヶ月遅れの『ベトナム教育里親の会』の会員募集が開始した。ベトナムの首都ハノイの小学生新入学の1年生を5年間、学費を支給する小さな会です。1994年高崎で生まれて、今年7月で伸べ384人の子供を、167人の里親が面倒をみたことになる。スタート時は1人で何人もの里子をみたケースが多かったが出来れば今は1人の里子に1人の里親が理想である。毎年50人、いつも250人を面倒みる『初等教育の奨学金制度』。1ヶ月600円(内500円が里子に)の会費、1年間7200円の年払いを5年続けていただける方を募ります。会員には可愛い写真と里子のプロフィ―ルが届きます。
◆ただそれだけですが、遠いハノイに自分の小遣いで子供が小学校へ通っている。何故か自分の気持ちが暖かくなります。私はそんな人たちと出会えることがとても嬉しく、また楽しくこの事業に携わっています。また年1回の訪越団を組みます。ハノイの教育養成所の案内で県(市の下が県、県の下が郡)や郡役場そして里子のいる小学校や家庭を訪問します。今年は9月24日―28日の予定です。きっと観光も少しつくと思います。
◆6月5日現在、50名定員のうち21名の申し込みをいただきました。一次締切りは6月25日です。是非ご検討ください、尚ご質問、ご入会希望の方 携帯090−3147−7545広田まで電話下さい。一度切ってこちらより折返しお掛け直し致します。
◆2000年入学の子供の里親の方に改めて御礼申し上げます.この会が丁度存続できるかどうかの危機を迎えていた時でした。ハノイの教育養成所の方から出来れば40人でも50人でもよいから毎年決まった人数だと子供を早く決定できるのだが。とのことで何とか50人をやっと達成できました。このとき達成できなければーーーーー。
◆新体制の会計担当副会長でお世話になった白井英雄さんも入退院を繰り返しながら最後まで会のことを心配いただきました。さる4月16日葬儀が執り行なわれました。どうか貴方の情熱でこの会をおまもりください。お世話になりました。
◆6月は梅雨の季節。雷と夕立、毎日3、4時ごろにサッと、1時間降って止むと理想的。涼しくなって夜の町にも出やすくなる。そんなに都合良くいくわけがねえじゃねいか。馬鹿。以上。   

< 2005年6月5日18時 雨上がりの夕べ 広田誠四郎書く >  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:41Comments(0)リードプランニング