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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2005年12月11日

『癌に勝つ・人の為に尽く・癌が逃げていく』

◆12月11日、この冬1番の寒さの昼過ぎ、高島屋前の、高崎東ロータリー関連で健康福祉大付属高インターアクトの歳末助け合い運動の協力募金。その足でお声掛け戴いた奈良薬師寺の偉いお坊さんのお話を聞くためにコアホールに向かう。
◆始めに村上太胤執事長の講話〔心の時代を求めて〕を聴く。抹香臭い話と覚悟をして臨むが、漫談を聞くように楽しくそれでいて大いに為になる話。12月は『報恩月』で感謝を。
◆そして新年1月はその年にしたい『想い』を欲張ってお祈りする、ゆえに『欲願月』。そして〔お札・お守り〕を求める、自分もそれを見て、改めて『想い』を再確認する。この正月は『欲張った願い』を沢山できるよう、準備に入ろう。そのお守りも購入しよう。
◆安田暎胤管主は『平和を祈る』のお題。『昭和19年の今日、父親はニューギニアで戦死』から始まり『憲法改正は如何なものか』『人の命の軽視』『仏心・鬼の心』『宗教戦争』『感謝をする心』『心の豊かさ』『生き生きと生きる』静かに話は続く。
◆今、地球を一番汚し、環境破壊をしているのは人間。人間以外は自分が生きるために必要だけのものを求め、余分には殺生しない。ましてはよその国を侵さない。困った人間たちだね。
◆本年も大変お世話になり有難うございました。どうぞ良いお年をお迎えください。

2005年12月11日(日)23時 広田 誠四郎 書く  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:58Comments(0)e-house

2005年12月04日

〓『もういくつ寝るとお正月♪お正月にはー♪』〓

■12月この月が私は一番好きである。何故かというと私に〔お金の大切さ〕を意識させ、アルバイトで給料を貰えた月が39年前の12月。当時19歳の私は立教大学の2年生、池袋の大学近くの下宿から、グランドのある上板橋のアパートに移り毎日アメリカンフットボールの練習に夢中になっていた時期。
■そのころ親父、金一は体調を崩しやせ始め、しばらくして手術をした結果『大腸がんの末期、あと半年の命』との宣告をうけた。私はお袋、敏子に相談『クラブも学校も辞めて働くよ』『大丈夫、何とか大学ぐらいだせるよ』。そんな経緯で仕送りは少なくしてもらい『そごう』デパートのお歳暮を自転車で配達するアルバイトを始めた。
■1個配達すると5円、ゆえに一番うれしいのは商品券。軽くて小さい、限られた箱にどれだけ詰め込むかが勝負。目一杯に贈答品を積み上げた荷かごを載せた、ごつい配達用の自転車を操り、江古田の出舗から高円寺や阿佐ヶ谷に、飛び立っていった。『大日本運輸』という運送会社には重宝がられ、お中元・お歳暮と都合5回世話になった。
■大卒初任給が月給3万円に届くか届かないの頃に丸1ヶ月で10万くらい、多いときは13万円強を戴いた。その会社では勿論、全国で1番の成績。『是非うちに入社して』とうれしいお誘いを戴いたが丁寧にお断りを。10年位前の『佐川急便』の運転手にも負けない?くらい良く働いたのではなかったか。労働時間は1日18時間位だったかなー。
■真っ暗になった9時過ぎ、クリスマスのパーティーをしている家庭に『こんばんは、遅い時間すみません、そごうです』や、お届け品のサントリーのVSOPが割れて良い香りがして、没になったそれを飲ませてもらった時『こんなに美味い酒があるのか』など多くの思い出が。『お金の大切さ』『労働の価値』を初めて知った翌年2月、親父は50歳で逝く。そんな12月はせわしいのがイヤだが、何故か好きな月なのです。
■少し11月の報告を。2日はポール・ウインターコンサート、10日に札幌で少しだけ仕事をし、11日早朝に札幌中央の倫理セミナーに出席、中ノ島公園を散歩し、午後と翌朝午前は勉強会。不動産業者としての基本的な考え方を今更ながら教えてもらい大いに勉強になった3日間でもあった。15日八重洲で勉強会、18、19日はロータリーで新潟、柿崎から信州、小布施に、23日は佐藤純司君の演奏会、28日は国際ロータリー ステンハマー会長をお迎えして研究会。
■23日の佐藤純司君を紹介しよう。榛東村の株式会社サラフジという変な名前の会社社長59歳。確かチェコだったかの少女にフルートをプレゼントした。その子が国内の大会で見事優勝し、感謝の礼状が佐藤君に届いた。そんな記事が2,3年前の読売新聞に掲載されていた。高校時代にフルートを手にした彼は、以来ずっとフルートに親しみ今も元、群響のフルート奏者 大嶋義実さんに師事し勉強に励んでいるとの事。
■その大嶋さんが世界一流のコチアン弦楽四重奏団の来日を記念してプライベートコンサートを開催、そこに佐藤君にも一曲つきあわせてやるとのこと。その案内を貰ったとき正直、いつからラッパ吹きになったの、と感じたのだが。会場で背広姿でなく同じスタイルをすれば堂々たる体躯は本物のメンバーに劣ることはない。でもかなりの緊張感を感じさせながらのスタート。お、音が出た、うん、なかなかの音色、私までドキドキしながらも演奏は終了、私には全くわからないが素晴らしい出来栄え、拍手喝采。
■何はともあれ素晴らしい能力に脱帽、パーテイには都合で出られなかったが多くの会場に集った人達も同様の感想を持ったことであろう。会社の事業を発展させ、地域社会に貢献し、国際的奉仕に励む佐藤君のますます活躍と健康を祈念したい。
■さあ今年の総決算はどんな風になるのか。残る日々も1日1日を大事に過ごそう。今年1年もこの変なコラムにお付き合い頂きありがとう御座いました。また仕事においても本当に沢山の方にお世話になりました。どうか良いお年を、今年はこれで失礼します。
          
2005年12月4日 雨が降り始めた日曜日  広田 誠四郎 書く  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:57Comments(0)リードプランニング