2008年12月11日

《今年1年お世話になりました》

◆12月7日。昨日から寒波襲来で1月中旬並の寒さになる、との事だったが比較的昼間は温かい日が続く。でもこの2,3日で日本海側、県内北部は雪が降り、漸く冬体制が整いスキー場もオープン。今朝8時、私は安中に向かう、遠くに冠雪した谷川岳が、目前には真っ白く大きな浅間山が、登場。子供の頃、スベリ台の上から見た白い浅間の噴煙の景色を思い出す。
◆今朝はラジオで『こころを読む』横浜国立大 宮脇昭名誉教授の植林の話、このところ先生はかなり積極的にマスコミに登場している。私も少し植林活動の手伝いしているので興味をもって、耳を傾けた。お話の内容が、びんびんと響いてくる。何故私もこんなにのめりこんでしまったのか。いのち、心、遺伝子を育む『いのちの森』に共感する。
◆今80歳の先生はあと30年、現場で指揮を執るという。普通は会議を開き、決議をし、予算を立て、スケジュール化し、行動。先生はそれではダメという。実行しながら考える。即行動、まず1本の木を植え、緑化する。その宮脇流行動パターンに私は納得。私は立派な人の話にすぐ感激、感動してしまう。「感じるだけ若いんだよ」とよく褒められるのだが?
◆12月6日、観音山の竹林〔芝塚町塚越応鐘氏所有〕を、元の雑木林に戻そうと今春から月1回竹伐りに汗を流す。仲間がいると楽しく少しずつだが作業が進む。竹退治に3年が必要との事。私も植林活動の一環でお手伝い、もっと地元高崎市民の仲間を増やしたい。市民の責任で観音山の管理をせねばならない。そこで塚越さんからの貴重な体験の場を提供してもらった事は有難く感謝申し上げたい。
◆その仲間〔と呼べる程親しくないが〕。昨日は野村武彦・藤森〔県環境アドバイザー〕西野仁美〔城山〕安田〔寺尾町〕斉藤典子〔本郷町〕富田政留・山口政敏〔宮元町〕吉川政雄〔竜見町〕新井豊国〔フォレスト群馬〕高階ミチ〔昭和町〕〔以上敬称略〕が参加。もし参加者に落ちがあったらご免なさい。早く仲間に呼べるように。
◆12月3日、ロスにいる阿部孝之が癌で亡くなった、告げを同期の内山雄充から貰う。私が大学に入ってアメリカンフットボール部に入部、4年間同じ釜の飯を喰った仲間だ。迫水久常代議士の秘書を勤めた後、幾つかの職歴をへて渡米。若い嫁さんと青い目の小さい子を残して。渾名はマタンゴ、根性のあるいい男だった。卒業後もっと付き合いたかった。同期で2人目の故人となってしまった。残念。
◆11月24日、江木食パンの堀越茂夫会長の葬儀。21日、小谷好美〔マツヤス薬局・倉林〕さんの葬儀。18日小林偉夫さんのご子息、17日ゆいの家 高石友江さんのご主人そして高崎映画祭の茂木正男氏と若い人が続いて逝った。堀越さんはロータリーの大先達。茂木ちゃんは同年、好美さんは1つ下、高石さんは50代、小林さんは40代と若すぎる。
◆茂木ちゃんには、多くの夢を聞かせて貰い、実現する過程を見せて貰った。更に新しい夢を追いながら逝ってしまった。映画祭を立上げる頃はうちの2階に事務所を移し、若い人達と遅くまで仕事に精を出し、そして柳川町の『來來』で餃子を、酒を食していたっけ。金を集める能力は超一流、それもあの心底から溢れ出た情熱がなせる業だったのか。皆さんのご冥福を改めて祈る。
◆今年も残り僅か、振り返って反省をしてみたい。なんといってもショックは4月末の体調を崩したこと。自由にならぬ体を始めて味わった、簡単にぶっ壊れたが、何とか回復できた。完璧とはいかぬけれど、こうして文章も何とか書かせてもらえている。親から貰った身体、肝に銘じて83才までは持たせるべく健康管理に努めたい。親に、周囲に感謝。
◆さて肝心の仕事は、こんな1年になると誰が予測できたでしょうか。多くの事業所が、お金に苦労させられた年ではなかったか。昨晩、夢で『よくこの年末までもったなー、最後まで足掻きいていたようだが。そうもう1年頑張ってみなさい、年初から飛ばして行きなさい、きっと来年の年末は今の成績を残しているよ』と大黒様から励まされた。『困った時の神頼み』かな、1年間お世話になりました。

2008年12月7日〔日〕22時 田町にて
広田 誠四郎 書く
  


Posted by 広田 誠四郎 at 10:14Comments(0)リードプランニング