2011年01月11日

《今年は やるぞ!!》

◆皆さん明けましておめでとうございます。本年もお引き立て頂けます様、お願い申しあげます。年頭祈願は、1日1万歩を、体重を減らし、血糖値を下げる、この3項目をしっかりと実行、健康を確保して、思い切り仕事に励む。まだ今年もスタートしたばかりだが、酒量もずっと控えめにして、概ね予定通り実践できている。大きく路線から外れないように御指導下さい。健康が一番ですよね。

◆昨年暮、ネパール在住、近藤亨理事長の『惜別の辞』が届いた。私もネパールムスタン地域開発協力会「MDSA」の会員だがこの2月で会を解散、そのお礼。余程理事長の健康が優れずもうダメなのかな!?と思いきや、文面は全く逆、『何で益々、意気軒昂なこの老爺が、志半ばにして本事業を放擲など致しましょうやーー。私は只一人になっても老躯に鞭打ってーーー働き続ける覚悟です』

◆近藤さんは新潟県農政課勤務後、JICAでネパールの農業指導、世界最高地での稲作成功。70歳から女房・子供に許しを得て、全財産を農業自立の支援をしてきた。私は過去2度ほど講演を聴き、素晴らしい情熱を感じた。解散後、残党が『ムスタン白嶺会』を結成・入会案内も兼ねている。その入会依頼に私は応えたい。今年90になる氏は沙漠緑化の故遠山正瑛氏と高齢・信念・頑固さが重なる。

◆中国沙漠より国境のヒマラヤ等地理的条件の厳しい分だけ活動組織を作りにくく、後継者確保が難しかったと思うが、よく間にあった。25歳、有沢章太君が現場総監督として活躍。しっかり仕込んで立派な後継者に仕上げてください。組織は長く続けることが本当に大切であるし、大変である。各団体を維持発展させるにはやはり強力なリーダーが必要である。『○○○○(なんとか)バカ』が大事だよね。

◆12月23日、日暮里の根岸『笹の雪』で東京高高64期の集まり、高崎からは富岡賢治・深町勝敏・戸塚英康・千木良幹夫と私。近況報告では、流石に多くの友が退職して、悠々自適で楽しむ奴、時間を持て余している奴、体調が今ひとつよくない奴、そんな中でこの4月、富岡君の高崎市長に立候補の話題で盛り上がった。私は東京の友に田舎の親兄弟・親戚・知人に改めて、応援してもらえるようお願いした。

◆元日4時起床、前橋へ用足し後散歩、風呂、8時過ぎ信子・金次郎で新年挨拶、その後健太郎・史恵・凛太郎・万次郎一家四人が来て賑やかに屠蘇・雑煮・おせちを頂く。そう12月16日に健のところに二男が誕生。万次郎と命名。私が会うときはいつも寝ている。夜と昼が逆転しているんだって。ふーちゃん、大仕事ご苦労様でした。出来れば今度は女の子が、より賑やかになって欲しいんだが。

◆12月3日に立教アメリカンフットボール部同期の忘年会を御徒町の『栄寿司』で。この日の話題の中心は専らキンタ「石崎孟マガジンハウス社長」12月23日の天皇誕生日に宮中の食事会に御招待。『どんな(^_^.)をして・服装は!?』前の日から、口にするものは何はダメ、身を清めるには等々、諸注意をとても面白く話を聞かせて貰った。それにしても天皇陛下にお呼ばれするなんて格好いいねえ。

◆賀状に混ざって達筆な手紙が届く、ベイエフエム冨塚国興社長からだ。千葉銀行の常務からベイエフエムの社長になって8年。トミは体格も頭も走力もいいQBだった。その彼が『おまけの人生・もうけもの』の褒め上げた読後感を私に寄せてくれた。元気一杯、仕事にゴルフに忙しくフル回転。ネットを観て驚いた、トミも、キンタも大変な有名人だという事を今回の原稿書きで初めて知った。

◆最後に業務連絡を。今年から『イエステーション』に加盟して売買仲介部門の強化を図ります。しっかりと実績を積み上げていきます。折角ご依頼を頂いたのにお手伝いできなかったのが多くありました、1年後には見違えるような体制になります。どうか御期待下さい。2011年を元気に御一緒に進んでいきましょう。           以上。

2011年1月6日〔木〕 広田 誠四郎 書く  


Posted by 広田 誠四郎 at 17:20