2011年10月13日

《 大震災と奨学金制度 》

◆9月6日火曜会[ロングサンドホテル]で小島昭群馬高専特認教授の講演を聞く。御自分の研究以外にも国内外での現地調査・実験・テレビ出演・講演などに大車輪の御活躍。榛名湖のワカサギ復活・中国水源地のあおこ・フィリピン汚水の浄化などの成果確認の旅に、私も鞄持ちでお供したい。帰り際玄関で、「え、先生50ccなの」前橋市内は原付で移動との事。私のバイクと並んでいた、より親しみを感じた瞬間であった。

◆7日石原のアパート売買契約後、高田馬場で相続の勉強会に。私も65歳になったがお客様も年配の方が多くなってきている、もっと勉強せねばならない。来年の5月まで通う。8日玉村売主と打合せ後、渋川物件を確認し、伊香保 福一へ。ロータリーの月見例会で酒はしっかり飲んで、一番早く部屋に戻り按摩そして就寝。高井正文委員長2次会にも出ず、付き合い悪くてすみません。酒を少なくする為なんです。

◆23日『第10回感動塾』盛岡へ。地震被災地の現状を少しでも確認すべく、伊勢崎の菅家利一理事長以下4人は仙台で降車、レンタカーで海岸べりを北上。道路復旧工事やら前日の台風冠水で規制が多く中々前へ進めない。松島海辺でお昼に魚介類を食し、時折がれきの山をみながら石巻・気仙沼と進む、がそこが限界。一関ICから高速に、そして盛岡へ。夜は名物わんこそばと冷麺を。『それ、どんどん・じゃんじゃん』リズミカルなかけ声が耳に残る。

◆24日5時起床、散歩。北上・中津・雫石川の合流近くに石川一禎・啄木父子の歌碑、杉土手の南風荘〔原敬の外遊前宿舎〕、宮沢賢治の玉井家下宿の井戸・下ノ橋教会〔保存建造物指定の建物一部が崩壊したまま〕と歩く。1948年布教にきた宣教師が戦後の焼け跡に植えられた花を見て日本は必ず復興すると思った、と。今回の震災と重なり合わせ、またその崩壊した教会建物の脇にこの立て札が。清々しいみちのくの朝を楽しんだ。

◆又川俊三クラフト社長・北海道森町 佐藤克男町長・押し花作家 庄村昌子さん・マニラ育英会村田知巳代表・金子充未来クラブ社長は旧知、らーのろじーの本間正人社長・田野畑山路酪農牛乳 吉塚公雄代表・明光義塾 渡辺弘毅社長は初めて話を聞く。昨年は坂本光司法政大学教授・千日回峰の塩沼亮潤住職・秋山木工社長とあの一人芝居の水澤心吾さん。素晴らしい講師陣の魅力で6年目に入った、盛岡が好きになった。

◆『3・11釜石の実家の父親は足が悪く、家を流され、父を探しに毎日避難所を聞きまわるが、見つからない、寒さと少しのおにぎりに耐え、あせった。漸く14日目に見つかった。あの一瞬にして父と引き裂かれた。普段から何故もっと父親に声を掛けなかったのか。今回の震災で本当に親孝行の大事さを教えてもらった』親孝行月間を設けているクラフト社員の体験発表。今年も沢山の感動を頂いた。又川社長に感謝。

◆この9・10月は旧ビルを解体・舗装・デッキ工事・コンテナ設置と特別なスケジュールの中、仕事も賑やかに忙しく動けた。お客様には御迷惑を掛けたが事務所の形が少し整ってきた。社員一同、日当りの良い事務所で朝のスタートは元気に朝礼に励んでいます、燃えています。駐車場も広くなりました、どうぞ一度遊びがてら足をお運び、気合を入れてやってください。是非お願いします。

◆10月8?13日第16次ベトナム教育里親の会訪越団でハノイ。参加者は常連の樋口守夫・三浦敦朗・広田弘之・三木一弘・洋子夫妻・佐藤正雄・鳥屋恵美子・中山さち子さんと私、初参加は三木さん御紹介の大須賀正臣先生のみ。8日ノイバイ空港からハロン湾に直行し宿泊、ハノイに9日戻る始めてのコース。この企画は、ハノイ市教育養成所の国際部の提案。我々の為に気を遣ってくれる、有難い事である。

◆最後に今年はお恥ずかしい話なんですが里親がまだ25名しかおりません、25名の里子の親が足りません。会では1学年50名×5学年=250名。1名に1年間6000円の奨学金が支給されます。1年に7200円で9月に入学した1年生のプロフィールが届きます。卒業の5年まで面倒見て頂ける方〔090?3147?7545〕迄お電話下さい、ご協力のほどお願い申し上げます。では行ってきまーす。

2011年10月7日〔金〕朝6時
広田 誠四郎 書く  


Posted by 広田 誠四郎 at 11:45