2011年11月11日

《 タムさん、日本の里親に感謝 》

◆地震で我が社は半壊状態が半年、解体終了9月までお客様、鳥鮮さん、みはまさん、駐車場利用の方々にも、迷惑を掛け、心配をかけた。今小さいながらも店舗を構えられる幸せに改めて感謝している。お陰様で以前よりも駐車場も広く止めやすいと好評である。まだ看板もつかない。だからよく言われるのが「広田、どこにいったの、店がないね」「何階建てにするの、いつ完成!?」答えは「もうこれで完成ですよ」
◆10月8日『ベトナム教育里親の会・第16次訪越団』総勢10名でハノイへ。初日はハロン湾泊り、9日船で観光。10日からは本番、ハノイ市教育養成所新任シクラン所長は「東日本震災で今年は訪越中止と予想、ハノイ市養成所・幼・小・中・高・大・聾唖学校すべての校長さんで《日本に震災募金集会》を開催、日本大使館に義捐金を預託しました」と挨拶。今年からは日本語教師ジャントさんが通訳で同行。

◆今回は高校の大先輩、ハードルの大須賀正臣《元吉井高校長》さんと、入会紹介者の三木一弘・洋子ご夫妻も御一緒。10日は鳥屋恵美子・樋口守夫さん、11日は佐藤正雄・三浦敦朗さんが里子と対面。皆ニコニコ顔で面会、だが子供は緊張。各家庭を訪ねると、貧民窟・湿気・臭気など環境劣悪な家も---。両親はなくお祖母さんは入院中、家具は何もない一人暮らしの3年生もいた。何とも厳しい現実を見せ付けられる。
◆一方、この奨学制度開始以来のビックな喜びを頂いた。11日10時「里子の卒業生に会いますか・是非」14時勤務先の400床の病院を訪問。1994年入学のタムさんは今年23歳の薬剤師、勤務して2年。仕事中に拘らず副院長まで出て歓待頂いた。「日本の皆様のお陰で小学校を卒業でき、その時に頂いた手紙は私の大事な宝物です」と。その言葉に熱いものを感じ、中山さち子さん他、我々の頬にも涙が。
◆もう一人「高校・大学を出て国語の教師」を志望の中学4年のレイさんを訪問。病院の副院長も中学校長も「小学校で奨学金を頂いていたのは初耳」。校長さんは「是非高・大も面倒みてよ」だって。おまけの話、タムさんは2月に出産予定、ご主人は同僚で同席した。という事は里子の子供は孫、孫が生まれる、めでたいね、これは改めてお祝いだね。何はともあれタムさんにお会いできたのは、過去最高の喜びとなった。
◆この会は17年前に小山勝三氏が提唱。今年で計934名のべ4170名の里子のお手伝いをした。1人に1年間6000円で初等教育を終了し、これで弾みがついて中高大に進学。この会の目的を、成果を確認でき、十二分に満足できた。過去・現在の会員の皆さんに感謝します。『ベトナムも近年豊になったし、そろそろこの会も解散を』そんな考えは第1期生のタムさんに会って吹き飛ばされた。ベトナム報告終了。
◆話変って高崎高校陸上部が学校対抗で総合優勝だって。私の時は2部優勝で喜んでいたが、凄い成績だ。田島監督おめでとう、また御指導有難うございます。24日が祝勝会、大須賀先輩大いに飲みましょう。そして野球も春の選抜、甲子園濃厚。境原監督おめでとう。それにしても野球好きな富岡市長、今夏も甲子園、来春も高崎2校で甲子園ついておりますね。私も久しぶりの甲子園を楽しんでくるかな。
◆11月2日バスで明治座・墨田川下り・浅草ビューホテル観光、5日長男健太郎の大学のサッカー仲間の資産管理で立川市を訪問、私の得意分野の借地整理の相談。借地権を買い取る交渉もすぐには進まない。運転手は健太郎。7日次男金次郎と戸塚社員で浦和の勉強会で会社訪問、運転手は金次郎。13日はアミノバイタルでの最終戦を応援予定。行きに調布の物件確認をして帰りはくいものや亮のライブに。
◆今年もあと50数日、あと売買案件を10本位契約して少し正月をゆっくりしたいものだ。その為にはやはり全ての用事を早め早めに片つけて余裕を持って仕事に邁進しよう。酒量も減っているが運動・散歩も少ない。早寝早起きを明日から実行、だって今日はもう午前2時だもの。
お休みなさい   以上。
2011年11月8日「火」午前2時過ぎ
広田 誠四郎 書く  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:55