2012年05月09日

《 のんびり柏餅でも食してみるか 》



◆4月、倫理で水上宏名誉研究員を4日間「追っかけ」した。その話の一つ、息子さんの創業時、多額な融資の相談に「お前の嫁さんは何と言ってるか」「勿論賛成」「それならOK」と。金も出さないが、口も出さない先生。今、その事業は大繁盛との事、相変わらず借家住まいを続ける先生に「親父そろそろ同居してくれよ」と息子。先生はお借りしている家だからと、毎朝丁寧にその家を雑巾がけ。こんな借家人は涙が出るほど有難いですよねー。
◆4月10日田町商店街の花見「マグカップ」にて。この店も6月閉店との事。先月のコラムで田町3店ライブを紹介したが、「すもの食堂」は4月に移動、またいつの日かライブの揃い踏みを。マグの義父は屋台村「來來」、この日はマグと來來と「大滝」へ。大滝の再開が何と言っても嬉しいね、でも週に一度も行けるかどうか。〆は「くいものや亮」、田町も飲食店が多くなったね。まだ増える、変化する「のんべえ田町地図」でした。
◆21,22日は史志の会で福島の白河小峰城・南湖公園・会津若松城・日新館・七日町通りを見学。桜満開の中、江戸時代・維新と駆け足で廻ってきた。私の浅い知識からすると深い、幅広の重みのある情報が仕入れられたように感ぜられた2日間であった。特に今、私が興味を持っているのが蔵を利した街つくり故、その話に関連して堤克政・水上勝之両先生からそれぞれ薀蓄のあるお話を頂戴した。田町の奥井定夫社長の店舗計画に即、活かしたい。
◆先行していた建築計画の方向転換をお願いしたところ、「解った、どうせなら蔵を残そう」奥井社長の一声で田町の将来が一気に明るくなった。今、多くの人、若い人たちの智慧を借りて田町の新しい「顔」を模索している。ここ何年かで、後世に「田町」を意識させるようなもの残したい。その奥井店舗の解体が始まった。そして「珍竹林」さん閉店、恐らくすぐ隣の「珍竹林」の建物もかなり老朽化しているゆえ解体も近いと思われる。
◆県内初の画廊として画材販売・画塾・画家の先生・珍しい金魚の販売などの思い出を持つ人は数知れず多い。私も唯義・万佐夫社長には随分と世話になった。水上さんから「何とか珍竹林の名を・芸術文化の香りを残すことが出来ないか」の宿題を頂いた。田町といえば上州銀行・伊勢田・絹市場・うろころ・珍竹林・画廊・マーケット・ラメーゾン・群響ーー何とか商人と文化がつながらないかな。皆さんこの考えるグループに参加しませんか。
◆26日から急に体調を崩し、もう一週間になるが回復しない。いつもなら仕事をしながらでも自然と体調も戻るのだが、のどがやられ、汗がやたらと出る。歳ゆえ治りが遅いのだと女房に意地悪を言われる。この原稿を書いている現在、明るいけれど雨が降り、雷が鳴り響く変な天気。不調の中、早めに書き上げ酒でも飲んで早く寝よう。明日 孫、凜太郎は6度目の,万次郎は2度目のこどもの日を迎える。端午の節句だな、柏餅でも一緒に食べるか。
◆富岡賢治市長になって丸1年が経過、市民からどんな評価を貰えているのかな。「市長が変わって何か大きく変化しているね」という声を多く聞くが「それは松浦さんの仕事の成果で、富岡色はこれからですよ」と私はあえて否定する。でも実際松浦路線のままでは、ここまでの成果が表れなかったかも。不景気や震災を理由に、ブレーキがかかっていたかもしれない。強運な男が、あと3年積極姿勢で高崎市政に当たることに期待したい。
◆5月8日明治神宮へ日本赤十字全国大会、もう何回目の参加になるだろうか。女系皇族が揃う日、心静かに神宮を散策しよう。10日南阿佐ヶ谷の仲間の会社で勉強会。11日立教不動産研修会 河北新報社論説委員長の講義。12,13日新潟柏崎へRC友好クラブ交換会。19,20日後閑周之介(義父)の米寿の祝いで伊香保に全員集合。26日ベトナム里親の会総会 会員でない方も顔を出し様子を見てください。5月も遊びが多いなー。
◆最後は前出「ベトナム教育里親の会」の新年度会員募集のお願いです。毎年ハノイ市の・新1年生に1年7200円の奨学金授与で里親・1人の里親に1人の里子のプロフィール・10月に訪越団を組み里子訪問、学校・家庭・ハノイ市教育養成所・総会・ベトナム留学生との交流・1学年50人募集、5年で卒業。会として毎年250名に授与。5年間の継続で大変ですが是非ご協力お願いします。詳しくは広田090-3147-7545まで。電話は何時でも構いませんが会議などで話せない場合がありますが、折り返し電話を致します。


2012年5月4日(金)19時
広田 誠四郎  書く
  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:36