2013年11月10日

《 今年も、あと2か月か― 》

◆10月10日は妻信子の6?回目の誕生日、そして私の横川通いがスタート。国土調査境界立会いの為11月18日まで午前午後で19回、12日間通う、義父 後閑周之介所有の山林の管理・里山保全の代理人で。88才の父は、若い時からしっかりと山林管理をやったが、今は森林組合に委託。父の山は各所に境界杭があるので測量士は仕事のはかがいく。多くは木の種類や木の太さ等で境界を判定・協議するがペンキで印する人もいる。
◆たまにはジャングルのような場所もある。馬入れ・境界を確定するには、見通しを良くしたい。その為に、草刈機を振り回す測量会社の若い人の労力は大変だ。地元の先輩に話を聞く。「若い者は田舎には住まないし、我々ももう歳で手入れも出来ないよ」「木を切っても金にならないし、手も掛けられないよ」。でもいつか陽の目を見る時が来るのでは。私は檜・杉林の中で、高齢になった父を想い、ご先祖の労苦と頼もしさに改めてこうべを垂れた。
◆訪越寸前に『ベトナム教育里親の会』の募集パンフレットが宮坂宏会計と樋口守夫副会長と江原正弘広栄社印刷所の合作で見事に出来上がった。長年作成しようと言っていたが漸くで、ある。50名募集だが2000部作成。どんどん入会をしてくれることを祈念したわけだがーー。1学年50人をもっと増やそうかなとか夢を勝手に語っていたがーー。皆さん一声かけて下さい、募集枠は広げることはどんどんできますから。しかしーーー。
◆10月12日-17日『第18回ベトナム教育里親の会訪越団』。初参加の小山内信さん・小林テル子さんも夫々の里子ちゃんに会えて興奮、「こんなに自分の子供に、自分の出したお金が役に立っているのか、学校に、家庭に行って家族の様子までしっかりと見る事が出来た、嬉しいね」今年は都合12人の里子と対面。事前に丁寧に現地の先生と連絡を取ってくれた英語通訳の三浦敦朗さんのお蔭で里子との対面はバッチリでした。有難う。
◆『ベトナムの父・ホーチミン』さんの肖像画と胸像がどこの学校にも町中に掲示されている。そのホー爺さんの片腕だった救国革命の英雄ザック将軍が102才で没、そのハノイでの国葬をTVで見る。また最終日のお別れ会に「来年は10月10日をからませて訪越を」と教育養成所長からの要請と、この制度も20年を経過する中で、『里子の人数を少し減らしても一人の奨学金を増額できないか』と重要な改革を迫られた。至急検討会議を開こう。
◆13年3月11日の大震災で我社のビルは壁面が剥離落下し高崎市では、『半壊第1号』の認定。旧店舗を解体し以来今の仮店舗で営業、漸くこの12月に新店舗移転ができる。お客様には狭く迷惑をかけ、社員もよく我慢をしてくれた。あの地震で多くの被害が出て、その多くが修理に奔走した。でも今日現在、まだ傾いたままの家、店舗等が街中に、まだ多く見られる。このまま放置しておいてよいのだろうか。早期に解体が必要ではないか。
◆所有者との連絡・事情確認して、即解体へ持って行かねばならぬ懸案物件もいくつかある。難しい問題を抱えていることは間違いないと思うが、高崎市当局とも連携し、危険家屋の解体費用の捻出などの検討が迫られる。一つでもなくせるよう努力し、地区の区長さんや関係者とも積極的に話合うプロジェクトを立ち上げたい。今の時代、どうしてもおせっかいを焼く人が必要のようだ。そんなおせっかいをしてみませんか。お電話下さい。
◆もう今年も2カ月を残すのみ。10月末の群馬経済新聞によると高崎市内の建設開始の新築マンションの売出しは絶好調のようだが本当か。そこまで良いのかは不明だがきっと良いことには間違いないと思う。私もある住宅関連の報道記者になっているので至急実態調査をせねばならない。この高崎がそこまでホットとは感じられないのは私の所にその風は避けて通っているのか。呼び寄せねばいけないね。それにしてはやることが多すぎませんかね。
◆明日は大学44卒以来、2度目の体育会全体のOB会、私は初参加。全体の卒業40年記念で会った友もいるが今回はどんな仲間が寄るのだろうか。あれから4年、もう次にとか、又な、は通じない年齢になってきたのかな。せいぜい互いに元気を祝福し再会を約束し楽しんできたい。誰にあえるのかな。ユーミンの兄貴 荒井君の名前がないね、元気かな。幹事は新座市の須田健治市長だ。もう疲れた、目が痛い。
以上。
2013年11月1日27時書き終える
広田 誠四郎
  


Posted by 広田 誠四郎 at 09:21