2016年02月14日

《古舘伊知郎氏は立教アメフトの後輩だったんだって、》

◆「抜粋のつづり 75号」クマヒラ金庫の楽しみな記念誌を入手。坂東眞理子・千宗室・オスマンサンコン・曽野綾子さん等著名人から市井の人まで多くの名文が紹介されている。ここ数年、掲載される文章は、健康・障害・震災関連記事がより多くなっているようだ。心打たれる文章・涙が自然に出てきてしまう程素晴らしい話。特に刺激を受けたのは100歳のスイマー長岡三重子さん、80歳から始めた水泳でマスターズ世界記録を18個樹立の生き方。私なんかまだ70歳にも届かない若造、見習いたいファイトですな。
◆上記の本は人間学雑誌「致知」からも多く引用。その「致知」3月号も届く、ここに渡邊みどりさんの随想がある。なんと皇后陛下の61年前の逸話である、当時聖心女子大2年の正田美智子さんが成人の日の記念「はたちのねがい」で全国2位入選読売新聞に写真掲載された。そして賞金の半分の1,000円を「社会事業の基金の一助に」と新聞社に、もう半分を母校に「奨学資金」寄付。皇太子妃になられる4年前の話。高齢になられた今も天皇・皇后陛下は国内・世界平和のため訪問している、ご健康をお祈りする。
◆上毛新聞2月1日「ひろば」に高崎市 須藤宣氏(84才)の投稿。1月の大雪の朝、高崎駅前での雪かきを捉えた投書。市の都市計画部職員の動きの良さを褒め、富岡市長の即行徹底の指導力、また市民生活の安心度・満足度を賞賛するむすび。80代の大先輩から富岡賢治市長も職員も褒められ、寒さを感じず元気一杯の1日であったであろう。こんな市民応援団の声が拡がると同時に、多くの疑問も投げかけて欲しい。だって、今の高崎市議会はオール与党で、議員には市長と戦う姿勢がないように見えるので不満だ。
◆節分も過ぎもう春である。でもまだ寒い日はきっと来るであろう。リハビリを始めてから1年経過、週3日は体力的にもきつく、2日にしたい。少し速足で歩くと心臓に痛みがくる、友人の心臓疾患のある人の話では全く気にしない元気な人も多いのだがーーー。私の最も苦手なスポーツは水泳だが前述の長岡さんの例に倣って一念発起チャレンジしたいものだ。80まではあと10年あるし、基礎体力をいかに作るか。今は毎日のように足がつって本当に痛く困っている。原稿書きの今もつっている、痛い。どうにかしてくれ…。
◆2月5日社会人アメリカンフットボール(アメラグ?アメフト?)旧 東京サンダラーズの新年会は日大末永先輩経営の新橋「東海亭」参加者24名。立教が10名・慶応7名・法政1名・日大3名あと?当時の年齢差は上下差12歳位。その10年後には社会人リーグが誕生し、サンダラーズは解散、もう35年前のお話しだ。慶応OBの今も審判部現役で笛を吹いている薮内直樹氏から先だっての甲子園ボウル(大学選手権)とライスボウル(日本選手権)の大接戦の様子を聞く。(ラグビーも面白いがアメフトだって…。)
◆早稲田と立命大の甲子園はラスト1プレイで早稲田がフィールドゴールを外し立命の勝利。問題はその立命とパナソニックのライスボウル、ラスト7秒、今度は立命がフィールドゴールを外したがパナは12人出場で反則。しかし審判がその反則を見落としそのまま終了、パナの勝ち。報道関係者は「監督どう決着を?」立命大米倉輝監督いわく「試合はうちの負け、終了してます、試合ができた事・協会・審判に感謝」素晴らしい監督のコメント、大問題にせず一件落着。アメフトにも救世主「五郎丸」が出現しないかな。
◆7期後輩に高崎にも何度か来た園部憲和君がいる。彼の同期に古舘伊知郎アナウンサーがいて古舘氏も1年の夏休みまではアメフト部に在籍、懸命に練習。私はOBでも一番脂ののっている時で合宿でも防具を付け皆の稽古台に。園部いわく「古舘は先輩のおスぺの印象が強く、今でもよく言います」私は全員に平等に施した心算ですが氏はそれが原因で退部?したのかな。勿論昨日まで氏が後輩にいた事も知らなかったしー。さあ私はどんな悪戯をしていたのでしょうか?ヒント=練習中に?練習後なら分かるけど。
◆先月号この文面の配置変更をしたが、沢山のご注意を戴いた。東京の後輩、全国に散らばっている知人・友人もネットで見ているよとの声掛けも戴き反響の多さに驚いている。31年の長さゆえかな。「文字が小さくなって読みにくくなった」のご指摘が一番多かったので早速修正。最後、話変わるが1月29日はツユばあさんの没後75年、私は顔も知らない早世のツユばあさんの命日に初めて墓参。雪の残る中おばあさんに手を合わせた。明日7日は松郎じいさんの没後53年の命日。ゆっくり墓参りをしてこよう。
◆22日は父親 広田金一の没後50年、生誕100年に当る。3月20日は兄 勇治、25日は母 敏子の命日と続く。どうしてもこの時期は寒さの為か亡くなる人が多くなる。日頃のご無沙汰を詫びつつ墓参りをしよう。おやじが生きていたらどんな爺さんになっていたかな。孫の顔も見ないで亡くなったおやじの代わりに私は今、「おまけの人生」を楽しませてもらっている。22日は家族で大いにお祝いをしよう。健太郎夫婦は2月22日が結婚記念日だったよな。そちらもおめでとう。

2016年2月6日 23時半  
広田 誠四郎 書き終える。



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《古舘伊知郎氏は立教アメフトの後輩だったんだって、》