2016年09月08日

《ご来場に感謝・天高く馬肥ゆる秋》

◆昨日午前はリハビリ、午後3時過ぎ初めての池袋演芸場へ。上野鈴本・新宿末広亭よりは駅に近い。地下2階 小さな会場は満席、立ち見客が15名。入場するといきなり三遊亭金馬(87歳)が、元気に演じていた。中途ゆえ面白味は分からずすぐに古今亭文菊(学習院)・林家ひろ木(早稲田)・柳家小はん(74歳)・柳家三三(さんざ・みみ)と続いた。蘊蓄のある出だしの咄家もいて中々聞き応えがあった。舞台の演者と3m距離に座れ、顔の表情・声や仕草もよくわかる狭さ?は魅力的。金馬師匠はいい声・顔をしていた。
◆6時から立教大学の学食でOB会『甲子園ボウル壮行会』の文字に誘われ参加。1部に残るのがやっとのチームが優勝、そして東日本で勝って甲子園だ。学生にははるか遠い道のりだが何とかもう一度甲子園に。来週から関東リーグ開始。今シーズンは何回応援に行けるかな。立教黄金期の28年卒野村正憲・31年仲野良一・33年岡村一正さんの3先輩(私は44年)と他は後輩ばかり、甲子園を目指すには寂しい会だった。岡村先輩には先月の電話でパワー・気力を貰い元気倍増、そのお礼が言え、私は気分爽快。
◆8月19日高崎プロバスクラブ(岸真義会長)の9月例会は松井一雄・長井竹男さんの戦争体験談。戦時中の苦労・悲惨さを伝える為に、毎年8月は終戦記念日を意識した例会にしているプロバスは凄い。講話の後に長井さんから『中国残留帰国者・体験記』立派な本を戴いた。私は中国東北地区は未訪問だが内モンゴル寒村には40回弱訪問、ゆえにこの本に書かれている状況は一部理解できているかも。戦争による家族離散・餓死・栄養失調・逃避行・運命を改めて知った。日本人なのに中国人、そして日本人に戻る。
◆日本語を忘れ、日本に戻っても更に苦労を重ねる帰国者にどんな手助けができるのか。大事な事は孤児を育ててくれた中国の人達に対する感謝の念を忘れてはならない。一部は労働力として、売買された孤児達も中国人を本当の父母として尊敬もしている。だってそこで救われなかったら間違いなく命がなかったもの。中国人は日本軍を恨み、目の敵にしながらどうして日本の孤児を助けてくれたのか。養父母の末裔(中国人)と二つの祖国を持つ帰国者らにもっと光を当てられないものか。養父母こそ人類愛の模範と思うのは私だけか。
◆暗い過去をどの国も持っている。日本だって『真逆』を経験。こと中国に関して言えば、ここ数年も中国領土拡大政策に私は大いなる不満を持っている。が本を糺せば中国は日本の親とも、お兄ちゃんともいえる国。私は地球緑化関連では在日中国人と親しく連絡は取り合うが、今は体調も含め現地訪問は控えている。戦時中あるいは戦後、私の前に今そうした難民・孤児が現れた場合私は手を差し伸べることが出来るのか。恐らく出来まい?一人も助けられないのでは。どんなに酷な状況でもお互い助け合う、気持ちにさせてくれる本である。
◆同じ19日、たまごホールで『命のビザ杉原千畝 感謝の集い』イベントを開催。収容定員をオーバーし多くの皆さんに迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。水澤心吾さんの熱演で会場は大きな感動で包まれその余韻に浸れたと思います。ご来場有難うございました。この芝居は杉原千畝がユダヤ難民6千人にビザ発給し命を救った物語。こうしてみるといつの時代にも戦争があり、強奪・殺人・火つけ・慰安婦・難民・賠償問題が常に世界のどこかで起こっている。我々、日本国民の平和ボケは大丈夫かな?
◆7月は絶不調だったので、8月に身体全体の検査をお願いしこの31日に診断結果が出る、自分では少し立ち直りつつあるように感じて居る。やる気が少し増幅し、疲れ方が内場になってきた感じがする。9月15日大阪・17日盛岡に研修会出張、2回とも日帰りで切符も購入済みだが前泊も考えようか。秋の好天気を楽しみ、気持ちだけはゆったりとしたいものである。元気な70歳のスタートラインに立った、よーい、ドン。

平成28年8月28日26時書き終わる
広田 誠四郎 書く



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《ご来場に感謝・天高く馬肥ゆる秋》