2017年12月26日

《今年のゑびす講の人出は過去最低?かな》

◆≪後見人≫とは弱者〔知的障害・未成年・認知症等〕の味方をし、財産を守る家庭裁判所から選任された人。過去後見人のついた売地・売家は5件しか扱った事がないが、何のトラブルもなく売買が成立、私も良い制度かと理解していた。従来本人と家族の合意があれば精算迄進み、何ら問題なかった。最近の取引は、高齢者で認知症の売主が多い、故に今はやたら本人確認を、認知度は?と事前の調査・準備に手がかかる。病院や施設に司法書士と同行、商談を進める。勿論今や私も含め、60歳代の人でも認知症の傾向がーー、くわばらくわばら。
◆≪例1≫横浜に居住する親子、父は96歳。認知による後見人申し立てを昨年11月申請し、今年7月後見人が決定。その後「全財産の掌握が出来ていない、書類が不十分」との裁判所からの通知、今現在も何もできず静観。悪いのは裁判所、それとも後見人?その土地は隣地が買ってくれるというのにもう1年半、動かない。申請人は申し立てをして自ら身動きでなくなった格好。後継人制度よりも『家族信託』がずっと有利ではないか。遺言状・生前贈与・難しい相続等にも対応できる。新春より始まる勉強会に私は入会するつもり。一緒に勉強を始めませんか。
◆≪陸王6話≫≪おんな城主 直虎47巻≫は全部ビデオに、それに健康・病気番組、又どうしても消せないビデオもあるので237番組が残っている。特に今、『陸王』が面白い、2中時代の長距離は足袋運動靴を好んで履いた。足袋から市内中学駅伝を思い出した。聖石橋・公園下・八千代橋・烏川西の土手を廻る5人メンバーでの学校対抗。選手不足・風邪で棄権できぬ為フラフラで走った、56年前の事。もう一つ披露、東京オリンピックの聖火リレーの走者として倉賀野町を走った。これは53年前?かな。あの時の写真が欲しいな。
◆≪レスリング部紫藤健一≫11月7日、富山出身・北国銀行?の大学同期 紫藤来所。朝松井田から徒歩で高崎に、今年は京都-江戸まで中仙道を歩く計画。昼『みはま』でうなぎを食し1時間強で別れ。夕方電話、今日は熊谷泊まり、のんびり気ままな生活が羨ましい、50年ぶりの再会、嬉しかった。夜は富岡市長の戦略会議。オーパの開店で駅周辺は賑やかに・アリーナでは大きな大会がどんどん開催・医療・福祉・産業団地への企業誘致・教育等全てに果敢に攻める姿勢は頼もしいがイエローカードにも気をつけて下さいな。
◆8日高崎市日赤で新潟研修9日RC・下之城測量・魚辰二木会10日会計事務所打合せ・宅建講習・小泉六矢さん通夜弔問11日世田谷区の98歳のお客様を訪問、私がお相手した男性の最高齢。お元気で、記憶・気使いも正確で、「認知」とは無関係。商談後味の素スタジアムに日体大に勝利12日京目・飯塚・下豊岡打合せ13日中居打合せ・不動産コンサル勉強会14日リハビリ・日赤功労者表彰・金古15日上並榎・金古・田町・たかしん落語・京目16日京目・日赤県・RC会長会17日プロバス・北軽井沢18日ミライズクラブ・立川現調19日RC地区大会20日まほろぼ研修21日高木寅治さん葬儀・高校理事会22日倫理伊藤均先生講話。神社23日金古・豊岡・田町・市政報告会24日岩井市長倫理・七日市・豊岡25日中林家通夜・『望郷』・鳥久26日横浜スタジアム中央大に敗北。以上が11月でした。
◆≪中華街≫今日は同期の安藤邦夫と下級生の5人とで食事。お昼から中華の食い放題・酒の飲み放題。それにしても今迄4-6年下の連中とはあまり飲まなかったなー。水戸の京成百貨店の西村寛は中々の名士の様だね、土浦の中川ヒューム管の社長や会議所の会頭なんぞも面識あるようだし高崎の高島屋・オーパ・スズラン情報にも詳しかった。面白いのは銀座でセントポールズサロンをやっている大野勝三、私でも行ける低廉さの様だ。森島稔も横河商事の監査役・親父兄貴も著名だとか、伊丹直也は東興海運の常務,園部憲一は商社社長として関東圏内を顧客管理で訪問の毎日。流石に今日の中華街は数えきれないお店が並び、楽しかった。中華の後は立川のコインパークの仕上がり具合のチェックに。帰宅は8時半、お疲れ様でした。
◆≪とん多≫12月1日は同期の定例の飲み会、内山雄允情報では立花のみ前立腺肥大で欠席?、新年2月2日は東京サンダラースの新年会は渋谷道玄坂のパンダだとか。せいぜいたくさんの店を訪ねたい。もう師走か、仕事はしっかりと一つ一つ仕上げていきたい。あまり仕事を入れぬようにしたい。どうしてこんなに仕事を頂けるのか。
 どうぞ良い年をお迎え下さい。

2017年11月26日26時50分書き終わる
広田誠四郎
  


Posted by 広田 誠四郎 at 17:45リードプランニング

2017年12月26日

《まずは11月をしっかりと》

◆≪ご指摘に感謝≫先月号の冒頭『我が家の庭の沈丁花―――』を『金木犀ではありませんか?』と教えてくれた一読者さん、過去この方はじめ多くの方が『この表現はおかしいよ』『いつも読んでいるが、最近面白くないね』等多くの有り難いご指導・意見を頂く。この駄文提供があと何年続くか分かりませんが、皆さんのお声を味方に頑張ります。
◆≪あれ!消えた≫末広町の街路樹ハナミズキが無くなり、歩道部分を今は工事中、折角の初代ハナミズキ通り〔筑縄町の街路樹が2代目?〕をいつ無くしたのかね。現在、植えられていた跡は舗装に。10数年前、裁判所前通りの車道拡張で銀杏並木の大移動。移動せず1車線ずつ新たに増やした方が、銀杏の為に、市の財政の為には良かったのではないか。県の施工だか、市の公園緑地課だか知らないが、公共事業による活性化は良いがムダは駄目。末広町地元はどんな判断を?我々の心も殺風景になっていくようだ。
◆≪ハノイ報告≫10月7日―13日私にとって25回目の「ベトナム教育里親の会の訪越団」。今年はハノイで日本語学校を経営のトウさんが通訳、それに前橋市立工科大学の留学生クアン君が補助してくれ、教育養成所との話し合いもスムースに相互理解が取れた。今年9月、新中学生になった16名の里子OBが各地から父か母、先生に連れられて教育養成所に。昨年学校や自宅を訪ねた里子達の中で広田弘之さんを見て「去年あのおじちゃんが家に来てくれた。」と、母子ともに笑顔で叔父にお礼を。いい景色だナー。
◆≪面会≫平塚容子さんの新1年生は父母・祖父母もなく、曾祖母と2人住まい。急発展のハノイでまだ大変な生活をしている里子に心痛める。嬉しい話を1つ。市の支所でお昼の食事中、養成所の幹部が「私はこの地区で教員です、当時娘も奨学金を受け今は大学を出て教員に。とても奨学金を受理出来て助かった」と、お礼の握手を求められた。そう、当時は里子の母親が教職という子が、何人もいたね、その位給料が安かったんだなー。今年は新1年生の里子3名と卒業したての16名、想定外の数にお土産調整が大変だった。
◆≪オバマ食堂≫養成所の粋な計らいで「ブンチャーフオンリエン」での食事。え、本当にオバマがこのお店に来たの?私達もオバマと同じブンチャを食しハノイビールを飲む。因みにオバマの支払いは6ドルだったそうな。随分と庶民的ですね。店内の壁には沢山の大統領の写真が飾ってあった。トランプ?やゴルフに興じる大統領や首相とは随分と差があるね。
◆≪風邪とともに倒れる?≫帰国の機中は、食事も飲み物さえも取らずに後部座席に横に。やっとのことで帰国、翌日から18日まで仕事は休み風邪で寝込む。19日朝いちの新幹線で岡山そして高松と乗り継ぐ。日本赤十字有効会の全国総会に出席、終了後の懇親会も何とかこなす。酒も料理も少し戴くが、やはり辛かった。ただ近衛忠輝会長の隣のテーブルの席だったので、元気を出し挨拶、質問を。「各地を廻られてどこの国が最貧国ですか?」「東部アフリカのブルンジが1番かな」流石、世界赤十字の会長は即、答えてくれた。  
◆≪20日金刀比羅宮参拝≫その後、栗林公園で美味しい和食のお昼を頂いて解散。同行した県の赤十字社の徳安尚人事務局長には終始気を遣ってもらい心配をお掛けした。何とかお役を務めて帰路に、お世話になりました。24日は高校64期の同窓会だが体調を考慮、初めて病欠?した。24日夜川口市の高橋貴君・27日七日市の見澤清芳君から電話を貰う、心配ないよ、もう風邪もお終いと返事、でも嬉しい同級生からの見舞電話だった。28日北橘村・30日京目町立会・11月1日は小金井市で立川契約・3日群馬マラソンで賑やかな群大医学部のガン重粒子施設見学にも参加。もうエンジン始動したよ。
◆≪10月はリハビリ2回のみ≫完全復帰宣言をしたら一気にどん底に落ち最悪の1か月となってしまった。今は週1のリハビリになったので確実に週1を実行して体力回復に努めたい。明日11月4日は結婚43周年、女房には始終世話を掛ける、俺が面倒見なくてはならぬのにーーー。変わり映えしない選挙も終わり、異常な株の値上がりが気になる、高崎の地価の上昇もちょっとおかしな雰囲気を感じる、バブルの再来?金利が上昇するのだろうか。私は自分のペースで仕事は組み立てたい。それでは改めて「健康」に向かってGO!

2017年11月3日〔金〕 23時半
広田誠四郎
  


Posted by 広田 誠四郎 at 17:37リードプランニング

2017年12月26日

《天高く誠四郎 空を飛ぶ! 完全復帰?》

◆【我が家の絨毯】庭の沈丁花の花が咲き、今盛んに落つ。その足元は橙の絨毯となり、私の目はそれを愛でる。この時期に雨が降るとダメ。そうだ、来年はこの絨毯の上で一人、猪口にも橙の花を浮かべ、良い香りをつまみに一杯やろう。(9月28日書く)
◆【健太郎一家】8月末から6日間妻とマレーシア旅行。健一家でペナンに移住?孫もペナンの日本人学校に転校、その新しい環境の見学を。物価が安く高級マンションも安い賃料、生活は楽、という部屋に1泊。翌日、孫と付設プールで水(私は金槌)・太陽と戯れる。凜太郎も万次郎も毎日楽しく抵抗なく新環境に馴染んでいる様子、そして我慢をしながらもついて行った嫁の史恵の笑顔が輝いていたのが私の今回の旅行の一番喜び・収穫かな。
◆【通訳】は東南アジアを舞台に不動産コンサルで活躍のケンサムさん。改めて各国の開発・発展ぶり、不動産・金の高騰ぶりの講義。また400年以上の長きに欧州統治の植民地を日本の助けで英米を追い出し独立できたと心から喜びを言葉に表すケンサムさん。反米の憎しみを体一杯の表現に、強靭なマレーシア人の国民性を彼に感じた。健一家には、誰もが体験できないペナン生活をより実りあるものになることと心から願う。
◆【ANA劇場】帰りの機内では「杉原千畝物語」の映画を見て、センポの男気を再認識。当時のポーランド人6000人の命を救ったビザ発給、私も一度カウナスを訪ねてみたい。他に「習慣化する力」を見る。小さな事の積み重ねが大きな結果を生む。あの4000本安打のイチローの話を含めあっという間の帰りの5時間であった。機内食・お酒に満足。
◆【9月6日朝1時】夜中羽田よりタクシーで帰宅、先日のマニラ行も、この7日のハノイ行も。バスよりも少し高いだけで往復ドアtoドアですもの。前後泊しなくて戻れ、体も楽だ、便利である。10月7日―12日のベトナム行きは7人なのでは更に安価に。
◆【ラグビーのメッカ】21・22日は釜石東RCを訪問。高崎東と姉妹クラブ締結初例会に16人参加。一ノ関からバスで気仙沼・奇跡の一本松・ワールドカップラグビー建設会場見学。釜石駅隣接のホテルは大会開催用に今年完成。釜石東は医師・歯科医・教職OBの会員が多い。宴会・交流も恙なく終了、私は早めに佐相正芳社長と暗い道を宿に。
◆【釜石の街】朝食は7時前、のち散歩に。昨夜は、暗い夜道を足元に気をつけ歩いたが、朝は颯爽?と。この町はどこを歩いても新日鉄の街という印象。駅前では新日鉄の選手達が、メガホン・旗を持って道行く車・人に翌日の試合観戦のアピールを、流石『ラグビーの街 釜石』。2時間弱歩き戻る、小休止してバスで帰路に、途中初めての中尊寺・毛越寺の見学に心ウキウキ。一ノ関では、皆と別れ野口茂会長と今井照喜会員に同行。
◆【名物ジャズ喫茶『ベイシ―』】野口・今井社長の二人に改めて感謝。何とも迫力のある店・音楽・店主の菅原昭二も纏めて全て素晴らしい。ゆっくりとのんびりと再訪したい。近くの地主町の蔵の街並みも恰好よいし、駅までの商店街も中々元気な様子だったネ。
◆【評伝 福田赳夫】昭和51年総理に、53年発行現役時代に書かれた本。特別褒め称えず素直に政策・基本姿勢・生き方を評価し、真直ぐに見つめた筋の通った評伝。世相・経済・人事がどう流れるか分からぬ中、おだてず現役の総理を語るは難しい。今の総理の評伝はどんな形で表現されるか。○○○ミクスと言いながら、ダメ。福田さんは総理になる前から経済の舵取りを任され、名医の実力に国民は安心しきっていた。が、今は弁明総理・悪戯大臣だけでなく議員にも信頼できる人がどれだけいるのか。誰に投票したらよいのか。私はわからない。
◆【後見人制度】皆さーん呆けては駄目ですよ。ある程度の年齢になると少しずつボケ(認知症)が。最近は取引をする前に『本人確認』と称して面談し、司法書士から細かく意思の確認、書類の提出を要求される。この関門をパスできなければ、不動産を売ることも、貸すことも出来なくなる。面倒でも医師の診断・裁判所の判定を待っての判断になってしまう。裁判所からの判定故、全く後見人にお任せでよいのかと思うとこれが信じられない事も。この件については来月号で触れてみたいと思います。とっても難しい『後見人制度』問題ですよ。
◆7日から12日までハノイの子供たちに会ってきます。25年前の1年生はもう32歳になっているのだが、今回は何人、何歳のOBOGに会えるのだろうか。行ってきまーす。
2017年10月4日午後11時書き終える
広田誠四郎
  


Posted by 広田 誠四郎 at 17:34リードプランニング