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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2005年08月20日

<『乱読にハマっています』>

 

◆私には本を纏め買いする悪い癖がある、最近その僚向がより強くなった。勿論 本屋や、中古本屋では仕方ないが、講演会や勉強会などで持参しているバックやリッタサックに入りきれないくらい余計に何冊か買い込む。講師の話に感動すると、その考えやその背景をもっと知りたく、著書を買い求めてしまう。だから同じ著者や似たような内容の本がやたら多い、どうせ読みきれないのに。でもこの夏休みはより多く読めた。
◆アサヒビール最高顧間 中侯高徳著『おじいちやん戦争のことを教えて』を読むのを小沢旗店社長 小沢武さんから『中俵さんは現役の立派な経営者だから』と薦められ他6冊求めた。各々にサインを頂きとても感激、夢中で呼んだ。そして水上勉の息子『無言館』館主 窪島誠一郎著『父への手紙』他を講演の前後に読み漁っている。
◆片や経済人、片や文化人?の2人の本から吸収できたのは戦中戦後の悲惨さ、犠牲になった多くの若者と家族。それらを乗り越え経済復興を成し遂げた先達に改めて頭を垂れる。
◆戦後60年、還暦という位だから回りまわって元に戻ってしまうのだろうか。ついこの間まで隆盛を誇った大型店、銀行他多くの企業が閉鎖していくご時世。自分の小さな仕事をただひたすら真面目に続け、1つづつ夢を現実のものとして生きてゆきたい。特に
窪島氏の『戦後処理事業・無言館』に大拍手を送りたい。良い夏休みを有難う。

2005年8月20日 夕方6時 広田 誠四郎  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:47Comments(0)e-house

2005年08月15日

59度目の夏。

■『ベトナム教育里親の会』の05年度里親が7月末50名に達し、この9月に入学するハノイの小学1年生50名の学費を確保。過去5年間面倒見てくれ今年卒業、今回また新たに里親になってくれた方が22名。親子や夫婦、姉妹で入会、そしてその方が知人を紹介していただき入会、多くの方々に改めて感謝申し上げます。5学年総勢250人分、合計150万円の奨学金を9月24日−28日の訪越の際、ハノイ教育養成所に届けます。
■7月7日高松中PTA『三四の会』らか−じゅにて。小野関千枝子校長時代の先生方とP役員の集まりは、年に1度7月7日の七夕に開催。今年3月退職になった,中島恒雄校長、亀山先生や私と高校同級の飯島弘和(旧姓 関)校長等も元気な顔をみせてくれた。
■7月13日は立教大学アメリカンフットボール部の同期会、ここ3,4年例会場になった同期の榊原君経営の宝町『さかき』へ。我々の昭和40年入学の仲間は11人、九州の久木原は既に鬼籍に入り、阿部はアメリカ、近藤は仙台に住む。他の8人が久しぶり
に揃う長谷川(大建工業)はもう定年、ごつい男が庭師の資格をとって近所の年配者の住宅のボランティアで植木の手入れをしてあげたいとの夢を語ってくれた。FM千葉社長の富塚は再婚して2歳の子供のパパだ。もと千葉銀行は元気だね。2人は既に還暦だ。安藤(平和不動産)もまだ高校生もいるのでしばらくは稼がなくてはと言っていた。
■7月18日は音楽センターで小椋佳のリサイタルを女房と鑑賞。32年前の気分に。
■23日は中紺屋町の『司』で高高の陸上競技部のOB会(70期 谷一行会長,歯科医)。先生方5名、OB31名の参加。恩師内田光之先生には砲丸投の、57期大須賀正臣先生にはハードルの指導を仰いだ校庭での姿が昨日のように建った。また久しぶりに小林馨先生(市陸協会長・前 高経付属 副校長)、今年退職された高橋賢作先生、新任の田島正徳先生とも会え、60期竹内俊雄先輩(新島)、65期横尾信男君(前JT),74期木村隆一君(高倍新前橋支店長)、77期波多野重雄君(八幡中)等との酒も限りなく続いた。高高陸上部OBの多くが現在の高崎・群馬の陸上の指導者として活躍している事は力強い。
■31日は伸貢製作所の天田斉社長(株式会社 日本メディカルサイエンス会長)の自分史『激動の参萬日』の出版記念パーティーのお祝いの席に。後藤新出納長、松浦幸雄市長、横田英一会議所会頭ほか大勢の関係者で会場は大賑わい。天田社長のお顔の広さに改めて感服した。中小企業家同友会、ベトナム教育里親の会、高崎商工会議所異業種交流会でご指導戴いているので立派な『激動の参滞日』の片隅に祝意を駄文で表させていただいた。
■8月3日仕事を早々に半日の夏休み。翌4日群馬青年大学主催の『無言館』館主窪島誠一郎氏の講演がシティホールである。彼の話を少しでも理解しやすくと思い知識を得ようと急遽出発。高崎から新幹線で18分、旧軽で遊んでいた女房に軽井沢駅まで迎えにこさせ上田に向かう。『場所の確認もせず行けば何とかなる方式』は意外と時間がかかりやっと見つける、到着までで大変疲れた。こんな場所に建てられた美術館にどんな人が、誰がくるのか?
■コンクリートの建物は自由に入って出口精算。決して大きくないその建物に入った途端、静かな落ち着ついた雰囲気になじめた。絵そのものについては何の知識もない自分だが美大の学生・卒業生が描いて戦地に赴き、残されたその絵、そのことが私の心の中に得も言われぬ何かが入り込んだようだ。『デッサン館』はまた別な喜びを感じさせてくれるやかたであった。真夏の前山寺の参道で蝉の大合唱を今年初めて聞いて夏を知った。
■3日の夜は買い求めた窪島氏の父親 水上勉を語る『父への手紙』を夢中で読んで当日4日の窪島氏の講演を聞く。続けてこの10日間『無言館への旅』『明大前物語』など読み漁っている。この夏もう1度、『無言館』を訪ねたい。そしてその晩は別所温泉の山内(大学の同級生)君の宿でゆっくり信州の地酒と馬刺しでもご馳走になってこよう。
■8月9日59歳の誕生日。なぜか『戦後』の変化を特に意識させられた1日でもあった。
      
<2005年8月15日11時 晴れ 終戦記念日に 広田 誠四郎 書く>  


Posted by 広田 誠四郎 at 15:46Comments(0)リードプランニング