2015年01月15日

《 晩酌は年中無休初日記 吉永得像 》

◆謹賀新年 昨年の9月後半からの体調変化をどう表現したらよいのか、わからない。11月9日に『心筋梗塞』の病名まで頂戴。『糖尿病だけ』と信じていた直前迄とは違い、23日間の入院でスリムになり、不眠が続き虚弱体質に。以前からのろい足は更に遅くなった。水・塩分・体重・仕事・乗り物等多くの制限をしたこの1ヵ月。リハビリに努め、現在少しは回復してきたが『息をしているだけではつまらない』。新年を迎えそろそろ体力を戻さねば。
◆退院後自宅にいる時間が多くなった。退院を待って仕事の約束をしたが、正直こなすのが精一杯であった。68年間でこんなに体力のなさを感じたのは初めて、一体いつになったら戻ってくれるのか。何といっても歩く事が体力づくりには一番のようだ。アルコールなんて以っての外って皆が忠告してくれるがーー。不眠を言い訳にしてちびりちびり練習開始、でもあんまり美味いとは感じないのは残念。今後はどうなるのか?どなたかよいアドバイスをお願いします。
◆12月は私の部屋を暖房がよく効くようにと女房がリフォームの段取りをしてくれた。お陰で本棚を整理して珍しい本に出会え、快適に机に向かう。百歳は折り返し点〔物集高量もずめたかかず〕・醉時記〔吉永得像〕・さわやかに生きる〔酒井大岳〕等々、酒に女と借金・日本酒に絡めた詩と心の画・極楽への道のりと各人の大いなる個性溢るる文章に出会い昭和50年代発行の活字の豊かさに酔いしれる今日この頃である。愉快である。
◆前段のお二人は既に故人だが、酒井先生のお名前を思いがけず目にした。それも1月5日、下横町の向雲寺さんにご挨拶に行って、玄関にある曹洞宗の冊子『禅の友』を頂いた。禅のことば〔巻頭言〕を今、酒井先生が毎月執筆のようだ。そうか先生は今年80歳のお坊さんか。過去3度講演を聴き、いつも感動頂いていた。出来れば今年是非お会いして、改めて『さわやかに生きる』をご伝授願おうか。3冊ともとても読みやすい各々の個性が楽く表現された本だ。
◆新聞記事にヒントを得て『平成漢字語往来』興膳宏著を教科書に選択。これも本棚整理の成果で10年前の日経出版の本。コラム『漢字コトバ散策』2004年~06年の3年分約150ことばをまとめたもの。これを書き写そうと2004年分を1月中に終了、3月末には06年まで終了すべくトライ始めた。この本のお陰で漢字の奥行きの深さに感心、最近、中国嫌いになっていたが、やはり中国の伝統と偉大さを感じざるをえない。対中国に今年は飛ぶか。
◆元日、健太郎夫婦と凜太郎・万次郎が年始に。ありていの挨拶・屠蘇の後は孫の稼ぎ時、ニコニコ顔でご機嫌,予定金額には届いたのかな。凜太郎は普段のアルバイト代に比して大枚ゆえ張り切るが、万次郎はまだ『お年玉』の価値がよくわからない。そういえば1年前の正月は樋口守夫さんとベトナムで屠蘇も御節もなかった、その上、湿疹に悩まされとんだ正月だった。正月に屠蘇を飲まなかったので最後に病気が出たのかなー。
◆2日 10時過ぎ久しぶりに親父お袋に病気の報告の為の墓参り。そういえば親父は50歳、お袋は56歳で没、私はもう68歳。4年前に出した本の題名が『おまけの人生もうけもの』、40年前に83歳までの寿命との宣告を受けているのだから83から先が私の『おまけ・もうけ』にしたい。生きていることは絶対のチャンス、家族の為、社会の為何でもやれる可能性がある。その為にもしっかり生きよう。死んだらお仕舞だ。死んだら何もできない、何の可能性もない。
◆12月の夜は一切出ず、昼間も僅か事務所に顔を出す程度 諸会合も全部欠席 1月5日は仕事始め、朝7時過ぎ社員全員で高崎神社に初詣 6日宅建高崎支部の新年会、病後夜の会合には初めて出席 7日整体 筋力が減退 8日ロータリー理事会・例会・進雄神社初詣 ゼネコン商談 もうしばらくは慣らし運転と言うところかな。毎日少しずつだがパワーが出てくる感じはする。2月はもう少しましな報告をしたいね。
◆大分大学副学長だった大分の大嶋誠君から電話をうける。24日の同窓会に3年3組の仲間と是非会いたい。それでは富岡賢治・上原壮六・藤林薫君等に「誠が来るぞ」と伝えよう。信越線グループの中島和男君にも。社交的な誠が来ればより楽しい夜になるであろう。他にも沢山高崎を離れてそれぞれの地域で活躍し、幾年月会っていない仲間も多いね。そんな旧友に一人でも多く会って昔話に花を咲かせたい。今年の同窓会はゆっくりとしたものにしたいね。
2015年1月9日(金)午前11時
広田 誠四郎 書く
  


Posted by 広田 誠四郎 at 09:18リードプランニング