2005年11月21日

『イケねー、忘れてたー』

◆この原稿書きを忘れてしまうほど20日はのんびりした。故に今あせって書き始めた。
◆19日新潟の友好クラブの頸北ロータリーを訪ねる。バスは柿崎インターで降りる。会員経営、鵜の浜温泉『三景』での合同例会の前にひと風呂あびる。美味しい酒で宴会は大いに盛り上がった。いつになく野口豊弁護士も杯を重ねたようで宴半ばで石田壮司社長にお布団まで連れってもらったそうな。私も沢山戴いて2次会でおやすみ。翌20日は小布施で散策、昼食。
◆外の天気は目まぐるしくみぞれ、ひょう、雪、雨そして晴れと変化した2日間。淋しい話だが頸北クラブの会員も50名から18名に減少。でも半田由明社長の案内で退会した中澤前会長の造り酒屋『吟田川』の工場に立ち寄る。3年、10年の大吟醸を試飲、美味い10年物を全部空けてしまって中澤さんごめんなさい。『ちびたがわ』
◆頸北に比して我が高崎東は今年度6人目の新入会員が加わってくれる。厳しいご時世だが、異業種クラブのロータリーも楽しいものだ。元気な若い人大歓迎、一緒に遊びませんか。勉強しませんか。元気なメンバーばっかりの高崎東ロータリーです。
◆ロータリーに負けず倫理の会が忙しい。毎日、時間が足りないよー。以上。

2005年11月21日夜9時半   広田 誠四郎 書き終える。  


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2005年11月07日

〓『人の為に働こう 最も多く奉仕するもの 最も救われる』〓

■楽しい毎日の連続で、この1カ月もなぜか短かった『ありがとう』。では今月は10月6日―11日の中国植林『第9回豊(ホウ)寧(ネイ) 緑の親善大使』報告から書き出そう。過去4回の訪問の中では安定した天候と、全員がよく働き、効率よく、楡(ニレ)とサージを1600本植えることができた。豊寧県はモンゴル地方から北京に砂を運ぶ風の通り道、その川沿いに植林をした。北京の沙漠化防止運動は歩みは遅いが、一歩一歩、着々と進んでいる。
■夜9時過ぎ、1000人以上もの若い子が、中学校から掃きだされるようにでてきた。受験のための補習授業の終了だ。中国は一人っ子政策のためか、親の期待からか、大変な受験戦争が行われ都会のみならずこんな田舎町でもこのとおり。何とか大学まで進み、高学歴で出世を、裕福な家庭をと、親子ともども夢見て頑張っているのだろうか。なんとも夥しい数、その迫力に圧倒させられた光景であった。この現象は何時まで続くのか?
■北京への帰路、蜜伝(ミツデン)ダムに立ち寄る。周囲100キロ、43億㎦規模の貯水量は洪水を防ぎ、水を,電気を供給し、養魚や観光にも一役かっている。しかし水位は毎年下がっており、北京の水ガメとしては非常に心細い。もう一つの水ガメは北京市郊外・延慶(エンケイ)県(ケン)にもっと大きなダムもある。が、如何せん膨張しつつある北京周辺の全ての都市の電力、水、全てが大きな危険ゾーンに入っていることは明らかである。オリンピックの開会式で電気が消えたりしたら前代未聞のことに。そんなことにならぬよう。
■12日、13日と高田馬場と御茶ノ水で勉強会。時間に少し余裕があったので神田明神にお参りした。家内安全・商売繁盛に感謝・お礼のお参りに寄ったのだが「昭和21年生まれは最後の厄です『厄』祓いを致しましょう」の案内に私はドキッ。『厄はとうに済み』の認識でいた私はあせった。「それではあと80日間、穏やかに『厄』を祓わず『厄』と仲良く生きよう」と思い直し改めて『神田明神様』に感謝のお祈りをした。
■ここからはロータリークラブの話。15日は群馬県の地区大会。国際ロータリー会長代理の韓国 金泰麟(キンタイリン)さんの講話。「私は子供の時は日本人、尋常小学校に通学」「可能のことから始めれば想像以上のことが成就できる」自ら創設した奨学金制度による、多くの若者の育成、日本の米山制度にもふれた講演に深い感動を覚えた。翌16日から21日まではドイツから訪れたGSEプログラムのお手伝い。釜萢敏委員長・市川豊行元地区GSE委員長に指導して頂き、須藤敬文会長以下、6クラブの会長幹事さん、ホームステイを引き受けていただいた5組のホストファミリー(高崎東 豊泉清・高崎 須藤二三男・高崎北 吉田信昭・高崎シンフォニー 三村浩司・高崎セントラル 柳沢佳雄さん)の奥様方・通訳の冨沢偉夫さん以下多くの皆さんのご協力に感謝致します。本当にお疲れ様でした。彼らは今日成田を発ち、4週間の群馬滞在を終了。思い出をいっぱいつめて今日帰国。
■受入先の家庭では「言葉はどうしよう・食事は」と心配していたが、16日吉田さん宅の唯一の女性メンバー・アンケさんは階段で2階から1階に落下、腰と足首を強打するアクシデント、英国近衛軍楽隊の演奏会鑑賞を欠席、翌日も安静、ヴエルナー団長は大忙し。
■不安で最後までホームステイを受けるか悩んでいた三村さんご夫妻の感想を紹介したい。「初めて受け不安で一杯だったがなんとこんなにも思い出多い、楽しい6日間になるとは、チャンスがあればまた」通訳をしてくれた代(ダイ)さんにとても感謝していた。
■11月5日、東クラブの柿本忠澄委員長の初企画、榛名湖1周のハイキング。絶好の天気で紅葉を楽しみ、大学1年生のフレシュマンキャンプを思い出した。途中、寄り道して『吉野秀雄の歌碑』裏面に(妹 金井和子建立)とあった。そう栄町在住の金井さんだ。
そして『湖畔の宿公園』『竹久夢二のアトリエ』などを見学。中央小・高高同級生の亡くなった江原君(レストラン エバァ)の店に寄ったが奥さんの顔が見えなかった。挨拶できず残念。久しぶりに2時間ゆっくり歩いた。柿本、今井照喜幹事とても楽しかった。『ありがとう』
 
2005年11月7日 徹夜で書き上げ目指し 広田誠四郎書く  


Posted by 広田 金次郎 at 15:52Comments(0)リードプランニング